ソレが無いのは致命的!
□続:02
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どう考えても二人きりっていう状況は、避けた方がいいだろう。
例えどんなに、会話の内容が聞かれたらヤバくても。
社会的ピンチと個人的ピンチ、その二つを天秤にかけて僕は、最終的に身の安全(貞操の安全)を優先した。
いやだって、『このままだと確実にヤバい全力で逃げろ!』って、脳内の理性が叫んでいたから。
何だろうなぁ、無性に泣けそうになる今日この頃だ。
そんなわけで、全ての始まりとなった、いつもの店で僕は、御剣を待っていた。
日にちを平日にしたのはモチロン、互いに翌日の仕事を意識して、あまり深酒をしないため。
僕は当然そんな飲むつもりはないけど、何も知らない御剣はどうか、わからないし。
仕事はだいぶ落ち着いたとはいえ、普段からワーカホリック気味なあいつのことだ。
小一時間くらいは待たされることも、覚悟していたんだけど。
十分もしないうちに紅いスーツをこの目にすることになって。
思わず「早かったな」なんて言葉が、挨拶よりも先に口から漏れていた。
「ム、それは嫌味か? 確かに毎回遅れてしまうが、こちらとて遊んでいるわけではないのだ」
「あ、や、ごめんそんなつもりじゃ…」
慌てて否定しようとしたら、遮るように御剣が軽く笑う。
「フッ、冗談だ。久しぶりに君と二人で飲めると思えば、仕事も捗ろうというもの。君との時間を一秒も無駄にしたくはないと、思って行動した結果だ」
偉いだろう? 褒めても良いぞ。
そんな感じのドヤ顔で、どこまでも偉そうな笑顔なのに、僕は腹を立てる前にカッと顔が熱くなっていくのを感じた。
なんてっ、なんてこっ恥ずかしい言葉をシレッと言ってくるんだこいつは…!!
心臓が飛び跳ねるような感覚と、赤い顔を見られたくはなくて。
視線を逸らしながら、「ナニそれ意味わかんない」と憎まれ口を叩くけど。
「真実を述べているだけなのだがな」
なんて、肩を竦めながら言う。
その、いかにもリラックスしたような仕草も表情も、どこまでも様になっているもんだから。
僕は思わず、同じ男だっていうのに見惚れてしま……て、いやいやいやいや待て待て待てッ。
違う、こんな展開は絶対に違う!
僕は慌てて頭を振って、それから両頬を自分の両手でパシンと叩いた。
「な、なんだ成歩堂、突然なにをやっている?」
僕の不可解な行動に、御剣が眉根を寄せて聞いてくるけど。
そんな彼を尻目に、とにかく落ち着けと自分に言い聞かせた。
目の前にあったコップの中身を、ひと息に飲み干す。
冷えたビールが勢いよく喉を通っていって、途端にカッとアルコールが広がっていく感覚に、ようやく脳内が冷えてきた。
と同時に、改めてこの向かい合って座る男の凶悪さを感じて、僕は戦慄する。
なるべく酒を飲むのは控えよう、なんて思っていたのに、気分は完全に『飲まなきゃやってらんない』状態だ。
何しろ、こちらを見つめるその表情、その視線、全てが角砂糖と蜂蜜と果物を合わせてもまだ足りないぐらい……甘ったるい。
ヤバい、背中がムズムズして、とんでもなく恥ずかしくて、この上もなく居た堪れない誰か助けてくれ…!
そんなことを胸中で叫んだって、現状が変わるわけもなく。
僕は当初の意気込みも空しく、気がつけばかなりのハイペースでビールを飲み続けていた。
それもこれも全ては、御剣が隙あらば、僕を全力で甘やかそうとしてくるからだ。
一刻も早く、本題を切り出さなくちゃ。
そう思うのに、どこまでも上機嫌な様子で「うム、やはり君と共に飲む酒は美味だ」なんて言う。
「き、気のせいだろ。ていうかお前、この間から大袈裟なんだよ」
見ろよこの鳥肌を!
甘ったるい雰囲気をどうにか振り払いたくて、僕はわざと顔を顰めて不機嫌さをアピールしてるっていうのに。
「そうだろうか。私としてはただ正直な気持ちを表現しているだけなのだが」
正直すぎるにも程がある。
ていうか生真面目な顔して言い切るなよ……。
襲い来る脱力感がハンパなくて、思わずガックリと項垂れたくなった。
こいつがこんな、心を許した相手には天性のタラシ能力を発揮する、タチの悪いヤツだったなんて。
薄々なんとなく気づいてはいたけど、ソレをまともに喰らう形になった僕は、既に瀕死だ。
そんなに表情が動くことはないのに、どことなく漂ってくる率直な好意が辛い。
この胸に圧倒的な居た堪れなさと、同時に大きな罪悪感を抱かせる。
だって僕はこれから、こんな珍しいくらい浮かれきった御剣を、きっと。
どんな言葉を並べたところで、傷つけてしまうことは、間違いないんだから。
その瞬間を思うだけで、胸が潰れそうなほど痛くて、苦しくて、泣けそうだ。
だから余計に、僕はビールを飲みまくった。
酒の力を借りないと、それこそ怖気づいて、何も言えなくなりそうだったから。
だけどそれは、僕の弱さと狡さの証明でしか、なくて。
後日盛大に頭を抱えることになる、とんでもない事態を招く今日という日の。
最大の敗因だった。