ソレが無いのは致命的!
□裏:06
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「ああ、もちろんだ。……信じられないな、ここに来る前は、もう二度と、君にこうして触れることなどできないと、そう思っていたというのに」
本音を混ぜつつ向けた言葉とともに、成歩堂の手に触れてみた。
所謂ドサクサに紛れて、というやつであるが、彼は嫌がるどころか逆にぎゅっと握り返してくるではないか。
なんという鈍感力。
いかにも安堵したという表情で、頬を綻ばせていくのである。
触れ合う手のひらから伝わる温もりに、その向けられた無防備な笑顔に、こちらも強くその手を握り返す。
そうして、反撃を開始した。
「……本当に、夢のようだな。君とこうして触れ合うことができる。口づけまで許してもらえるとは」
首を傾げる成歩堂は、ここにきてもまだ、危機感を持ちはしないようだ。
何を言い出すんだろう、と。
キョトンとした顔を前に、思わず笑いが漏れそうになるのを、腹に力を入れて堪える。
「今だからこそ告白するがな、君はいささか無防備が過ぎるのだ。どれだけこちらが我慢に我慢を重ねてきたか。だが……今後は、その想いを口づけにできるのだな」
至って真面目な顔、真面目な口調で言い切れば。
言葉の意味するところを理解したのだろう、その体が徐々に硬直し、青褪めていく顔色。
愕然と見開かれていく瞳と、浮かぶ冷や汗を、至近距離から眺めることになった。
彼にしてみれば、口づけは先ほどのあれひとつで終了し、明日からはまた以前のまま、親友として関係性を続けていけるのだ、などと。
そのような、ひどく暢気で、かつどこまでも残酷な考えを抱いていたのだろう。
考察すればするだけ腹立たしい、その思考回路には本当に、閉口する思いだ。
だが、だからこそ。
追撃の手を緩める気など、こちらには毛頭ない。
「ひと月前のあの夜とて、君はひどい誘惑ぶりだったな。酔いに任せて体は密着させてくるは、揚句に『お持ち帰り』などと。どれほど忍耐を必要としたことか。まぁ、あまり耐えられずにあのようなことになってしまったが」
我ながら開き直りも甚だしい、自分勝手な言い分だとは思うのだが。
対する成歩堂はといえば、顔色を青や赤に変えるので忙しいらしく、いつもの切れのあるツッコミは聞こえてこなかった。
改めて振り返れば、思い当たる節は彼にもあるのだろう。
その己の迂闊さに、今さら自覚したところで遅いのだが。
ようやく自分が、追い詰められていることを理解したらしい。
脳内では盛大に異議を申し立てているであろう、その瞳を真っ直ぐに見据えて。
反論など言わせる隙も与えずに、私はいっそ清々しく宣言した。
「今後はもう、あのような愚行は絶対に無い。君が、私の想いを受け入れることはなくとも、否定しないでいてくれる。それだけで、救われる思いだ」
にっこりと笑う。
実の親でさえ目にすることが難しくなったであろう、有無を言わせぬ笑顔、というものを最大限に心がけながら。
成歩堂、君の『大好きな親友』の笑顔だ。
それを翳らせるような発言をいま、この場で、君は言えるだろうか?
否、言えるはずがないな。
君はどこまでもお人好しで、ひとたび心を開いた人間には、この上もなく甘いのだから。
恋人でもない同性の友人に、口づけを許せてしまうほどには、な。
私は、そのような成歩堂の迂闊さに、堂々とつけ入らせて頂こう。
こんなつもりじゃなかった、などという情けない発言すら、許さぬほどに容赦なく。
彼が私を、そのような意味で意識し、我慢できなくなるまで。
親友としての立場のまま、攻めて、攻めて、攻め抜いていこうではないか。
卑怯だと罵りたければ罵ればいい。
だが、いずれその時が来た暁には、むしろ私こそがそっくりその言葉を返すだろう。
君は、こと『恋愛』というものに対して、どうにも臆病で、卑怯で、どこまでもこちらを振り回す天才的な小悪魔であると。
前々から、私のことを「お前ってホント他人の空気読めないよなー」などと、失礼な発言とともにケラケラと笑ってきた男ではあるが。
成歩堂こそが、致命的なまでに己の心に鈍感であり、無自覚であっただけの、話しだ。
「最近はろくに寝れていなかったのだが……今夜こそ、寝れるだろう」
笑みを向けてそう、言えば。
本格的に青褪めた顔、冷や汗とあぶら汗を垂らし。
はくはくと開閉させるその唇からは、けれどこちらの予想通りに、異議など申し立てられることはなく。
その脳内では、「なんでそんな解釈になるんだよ?! チュー込みの親友関係ってなんだよ??!!」などといった叫びが、盛大に木霊しているのだろうけれど。
最終的にガックリと項垂れた、その唇からは。
「……そう。それは、良かった…ね」
私の安眠を喜ぶ言葉だけが、弱々しく響いたのだった。
裏・ソレが無いのは致命的! 了