ソレが無いのは致命的!
□裏:04
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深々と頭を下げる。
あの行為は、決して許されざることであるし、許してもらおうとも思わない。
けれど、申し訳なかったと詫びを入れねば、人間として最低であることも理解しているつもりだ。
そうして、優しくも厳しい成歩堂からの、正当な詰りを受ける。
「そ、そうだよ…っ、あ、あんなさ! とんでもないことやらかしてくれたよね、ま、まったくこの、このっ、変態やろー…」
ああ、本当に、その通りだ。
訴えられないだけマシなのだろう。
彼はどこまでも友人と認めた人間には甘く、その甘さにこの期に及んでも私はまだ、胡坐をかいている。
「ああ……その通りだな。私はとんでもない変態だ。本当に申し訳ない。だが、安心してほしい。もう二度と、あのようなことは無いと約束する」
これ以上、傍らには居られない。
私は、誠実な彼の隣に居られるような、人間ではないのだ。
「今夜を最後に、もう二度と、君とはこのように私的に会うことはしないと、約束する」
ここに来るまでの間に、何度も脳内で繰り返してきた言葉を、紡ぐ。
それらは、存外すべらかに音となって放たれた。
「……、え?」
零れ落ちるような疑問の声が、成歩堂の唇から漏れるが、それに反応している暇はない。
言わねばならないことは、たたみかけるに限るのだ。
「仕事柄、どうしても公的な場所では相まみえることもあるとは思うが、容赦してもらいたい」
なるべく、君の視界には入らないよう、努力する。
無理な場合も多いだろうが、その時はその時だ。
私は今後もこの国の検事として、己の職務を全うする覚悟で動くだけなのだから。
申し訳ないとは思うが、そこだけは譲れない。
「ちょ……ちょっと待ったぁあ!」
言い募る私を、遮るように声をあげた彼は、ずいとその身をこちらに近づけると。
「なんでそんな話になるんだよ! 違うだろ、僕の話ちゃんと聞けよッ」
真っ直ぐにこちらを見つめる、君のその強さは、一体どこから来るのだろうか。
私には到底、辿りつけない境地だ。
本当なら、私は泣いて喜ぶべきところなのだろう。
彼は、このような場面になっても、私を親友として許すつもりなのだから。
けれど。
「わかっている。君は、私を許すのだろう。あのような仕打ちを受けたというのに。……だが、君ではなく私が。もうこれ以上、君の傍に居られないのだ」
「な、なんで……なぁ、何があったんだよ。そこまで追いつめられるような、何かがあったんだろ?」
親友をやめたい、そう言われたところで、到底納得などできないのだろう。
成歩堂は懸命な顔で、自分に原因があるならば受け止めて努力するなどと、どこまでも懐の広さを見せる。
その寄せてくれる信頼こそが、この胸を抉っていくことを、知らぬまま。
「……その、聞かせてくれないか。なんで、あんなこと……したんだ?」
頑ななこちらの態度に、質問の矛先を変えた彼が向けたのは、単純な疑問だった。
どうして、か。
それは、私もこの一ヶ月というもの、あの夜の己に対して何度も浴びせた言葉だったが。
突き詰めれば、結論は。
結局のところ。
「したかったからだ」
ただ、その一言に尽きる。
「……いや、そういうことじゃなくて! もっと根本的な! 根源的な問題があるだろそこにはッ」
無論、私のこの返答に対して、彼は怒りを抱いたようだ。
すぐさま詰られた、けれど。
「君に……したかったのだよ。そのようなアレも、アレ以上のことも。ああ、とんだ変態だな、私は」
この上もなく単純な真実を口にすれば、少しばかり和らいでいた空気は、途端に凍りついた。
成歩堂はその普段から大きな黒い目を、更に大きく丸々と見開き、その口をぱくぱくと魚のように開閉するばかり。
しばしの沈黙が横たわった後に、彼は。
「お、前……僕のこと、そ、そういう目で見てたの……?」
どうやら正確に、私の言い分を理解したらしい。
「そういう目で、見るものだろう。惚れた相手ならば」
即座に肯定すれば、驚愕の色がその表情に広がっていく。
その様子を見ながら、一方で私の心と脳内は、どこまでも冴えていくのだ。
愛の告白を口にしているというのに。
喜びや高揚感などは到底抱くことができず、ただ諦観の念が、胸を満たしていくだけだった。