ソレが無いのは致命的!
□裏:03
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静まり返った部屋を改めて見渡せば、成歩堂の鞄が置き去りになっていた。
彼の、この上もない混乱ぶりが、置き去りにされた鞄から如実に浮かび、申し訳なさが募る。
財布や自宅の鍵などは身に着けていたのだろうか、鞄を取りに戻ってくることはなく。
そのことをどこか安堵しながらも、一抹の寂しさを拭えぬ己の愚かさに、笑えもしない。
子供ではないのだし、無事に帰宅できたのだろうとは思うのだが、あのまま帰してしまったことを悔いた。
せめてもう少し冷静に、成歩堂の心境を思いやって行動できていたならば。
彼は大事な仕事道具の入った鞄を忘れて帰宅する、などということは避けられただろうに。
鞄の中身がどのようなものかは知らないが、早く返してしまわねば、不便だろう。
夜が明けるなり最寄りの宅配便受付所へ向かい、そこで小包にて送る手配をする。
本来ならばその際に、何か一筆でも添えて然るべきだったのだろう、けれど。
何も言葉をかけることができなかったあの時と同様、こちらから書くべき文章など、ひとつも思い浮かばなかった。
今さら、薄い用紙一枚に、何を書けるというのか。
弁明や謝罪の言葉を並べたてたとして、それで現実が変わるなどと。
そのような浅はかな考えを持つような、愚かな人間には成り下がりたくはない。
何よりも深く傷ついたであろう成歩堂に対して、あまりにも失礼すぎる。
そう考えれば考えるほど、この心はよりいっそう雁字搦めになり。
ただ鞄だけを送り返すという、それこそ一般的に見れば失礼極まりない態度しか、とれなかった。
あの夜から、日々は瞬く間に過ぎ、二週間目も終わろうとしている。
予想通り、彼からの連絡はない。
無論こちらから連絡をとることなどできるはずもなく、ただ日々が過ぎていく。
もう二度と、成歩堂から親しげに名を呼ばれることは無いのだろう、そう思うだけで息が苦しい。
だが、全ては私が招いたことだ。
どれだけ後悔したところで、日は落ち、明日は必ずやってくる。
この二週間、ろくに眠ることはできなかった。
苦悶を振り切るように仕事に没頭している間は、全神経をそちらに集中できるため、余計なことを考えなくて済む。
だが、ひとたび自分の時間というものが訪れてしまえば、否が応にもあの夜のことを思い出してしまい、どこまでも自己嫌悪に心は沈み込むのだ。
まったく、なんという情けなさか。
数年前、成歩堂と再会する前の悪夢に苦しんでいた私ですら、このような暗澹たる思いを抱くことはなかったというのに。
悪夢を見ることすら許されない、この出口の無い迷路はけれど、成歩堂を傷つけた私への罰なのだろう。
どれほど仕事で体を酷使しようとも、深い眠りにはつけなかった。
日に日に顔を合わせる糸鋸刑事の顔が、こちらを心配するものとなっていく。
ついには少し休んではどうか、という余計な言葉までかけられ、辛辣な言い返しをしてしまった。
彼は悪くないと、他でもない私こそがわかっているというのに。
落ち込む背中を目にし、己への自己嫌悪感はますます高まる。
込み上げる吐き気は、睡眠不足によるものなのか、精神的なものからくるものなのか。
どちらにしても、いまの私には全て甘んじて受ける以外に、選択肢がなかった。