とある検事の愛の日記
□01月05日、晴れ。
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サンドイッチや握り飯、唐揚げやポテトフライなどの軽食とつまみ類がテーブルいっぱいに並び、そこに私が持ち込んだ菓子折りまでもが鎮座する。
大人サイドは缶ビール(私は車で来ているため、ノンアルコールだが)、真宵君と春美君にはオレンジジュースが渡り、成歩堂がよく通る声で乾杯の音頭をとった。
そうして始まった新年会は、揃った参加者からして賑やかで、いつかのハロウィンを想起させるものだった。
真宵君、春美君はどうやら年末にやっていたトノサマン特別番組がいたく気に入ったようで、その話題で盛り上がっている。
私としてもそちらの会話が気になるところだったが、酒が入った矢張に「検事がなんぼのもんじゃぁあ!」と胸ぐらをつかまれている状態なので無理だった。
というか、何故にこのような事態になっているのか……意味がわからん。
「やめるッス! 検事があの世に逝きかけてるッスよ!!」
その表現もどうかと思うぞ刑事。
内心で盛大にツッコミつつ、ようやく解放されてゲホゴホと咽た。
「大丈夫か? ごめんな、ただの八つ当たりなんだ……こないだの合コンの」
そう言いながら、水を差し出してくれる成歩堂は、どうやら過日の『合コン』に思うところがあったようだ。
その表情はどこか遠くを見るような、なんとも微妙なものである。
ずっと気にはなっていたものの、あからさまに聞くこともできずにいたことだけに、その浮かない顔には驚いた。
「な、何か問題でもあったのか…?」
羽交い絞めにされた矢張が先ほどの剣幕から一転、刑事の胸においおいと泣き縋っている光景からしても、どうやら何かがあったらしい。
恐る恐る問えば、ビールをひとつ煽った成歩堂は、ますます困ったように眉根を寄せて笑った。
「お前の人気の高さが浮き彫りになっただけだよ」
「……、……は?」
私の人気、だと?
あまりにも予想外な言葉が、その唇から飛び出したために、一瞬思考が停止してしまった。
「いやまぁ、結局は矢張が悪いんだけどね。あいつ、御剣とも幼馴染だって散々自慢してたみたいで。いざ合コンしてみれば、法曹界の人間で参加したのは僕一人っていうじゃん。もうどう考えても御剣目当ての女性たちに囲まれて、根掘り葉掘り質問攻め……ホントあれには参った」
はあぁ、と盛大に溜息を吐いた彼は、お前ってホント顔だけは良いもんなー、などと軽く失礼なことを言う。
「容姿など……」
この顔で良かったと思ったことなど、一度もないのだがな。
心底から願うものは、いつでもこの手をすり抜けていくものでしか、なかったのだから。
言ったところで詮無いことが、唇から零れ落ちてしまいそうになり、どうにか噤む。
ノンアルコールしか口にしていないというのに、この体たらく……。
まだまだ修行が足りないようだと、内心で舌打ちした。
「それで結局、矢張と二人揃いも揃って異性交遊ならず、惨敗だったというわけか」
フッと笑って腕を組みつつそう言えば、成歩堂はむぅと唇を尖らせた。
「惨敗なのは矢張だけにしといてよ、僕はそこそこモテたぞ」
なんせ、検事だけじゃなく、同じくらい弁護士って職業も特殊だから。
普通の生活してる人からすれば、興味は湧くんだろうね。
「そうか。それは、良かったな」
あらかじめ用意していた言葉だったからこそ、不審に思われる間も作らずに、即座に返せた。
そうとも、彼からこのような話をされる場面を、何度も脳内でシミュレーションしてきたのだ。
成歩堂は如才のない男だ。
場の空気に即座に対応することができ、一目で温厚な人間だと印象を抱かせる柔らかい笑みを湛え、職業は弁護士であるとなれば。
女性からすれば、とても魅力的に見えることだろう。
同性の私でさえ、彼をこの上もなく好ましく思うのだから。
完璧な笑みを湛えて、せっかく恋人を持てたならば、せいぜい万年金欠状態というボロを出して嫌われぬよう頑張りたまえ、と。
軽口を叩くように言えば。
「……そうだね」
どうしてだろうか、少しの間じっとこちらを見ていた成歩堂は、ふいとその目を逸らしてポツリと零した。