とある検事の愛の日記

□とある弁護士の一週間。
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 真宵ちゃんがやって来た。
 今日は一日居られるらしい。
 チャーリー君への水遣り、昨日うっかり忘れていたのを容赦なく指摘された。
 というか、どうしてわかるんだろう……たった一日忘れたぐらいで。

 そんな鋭い真宵ちゃんが、御剣からの花に気づかないわけもない。
 案の定、彼女はニヤニヤと笑って「相変わらず、愛されてるねぇなるほど君」なんて言ってくる。
 でも、今日は言われるたび不機嫌になってきた今までの僕とは違って、彼女以上にニヤけた顔で反応した。

「いやーそれがね、この花は今までの意味とは違うんだ。御剣のヤツ、ようやくよぉおーっやく目が覚めたみたいでさ。今までのお詫びにってくれたんだよ」

 得意気に言えば、目を真ん丸にしてパチクリと瞬きする真宵ちゃん。
 そうだろうそうだろう、僕も本当にビックリしたもんなぁ。
 経緯を説明すれば、更にその目は見開かれ、ホントに?? と、何度も確認してくる。

「単なる白昼夢だったんじゃないの? なるほど君が妄想した上に自分で買ってきた花なんでしょ」

 だなんて、ナニゲに失礼なことも言われた。
 ひどいな、どんな男だと思われているんだ、僕は。

「本当だってば。疑うなら御剣に電話でもして聞いてみなよ」

 そう言えば、ようやく納得したらしい真宵ちゃんが、だから今日は異様なほど上機嫌だったんだねぇ、と頷いた。
 そ、そんなにアカラサマな上機嫌だったのかと、我ながら現金すぎて恥ずかしい。
 そんな内心で悶え気味な僕なんてよそに、真宵ちゃんはしげしげと花を見つめて。

「それにしても相変わらず立派な花束だよねぇ。一体いくらぐらいするんだろ。今回のお花は、なんていう名前?」

 そう言いながら、本棚の片隅に置かれた分厚い本に手を伸ばした。
 御剣が暑苦しい告白と一緒に花束を持って来るようになってから、本棚に増えたその一冊は、女の子が喜びそうな可愛らしい装丁で『花言葉大全集』と冠されている。
 女の子って、こういうのホント好きだよなぁ。
 僕はでも、パラパラとめくり始めた彼女に、見る必要ないよと声をかけた。

「君に幸あれ、っていう花言葉だって御剣が言ってた。アイレンっていうんだって」

 まったくあいつも発想が女の子みたいなヤツだよなぁ、と思う。
 お詫びの印にこんな花束で、しかもきちんとその場に相応しい花言葉を持つものを選ぶとか。
 どこぞのお嬢様だよお前はって、今度ツッコミ入れてやろう。
 そんなことを企んで、内心でウヒヒと笑った。

 けど、真宵ちゃんは本をめくる手を止めることなく、目的の花のページを探す。
 ホントに女の子ってやつは……とか、微笑ましく思いながらその様子を眺めていたら。
 不意にその顔が強張っていったように見えて、僕は首を傾げた。

 彼女はゆっくりと顔を上げて、それからじっと僕をその一点の曇りもない、どこか遠くを見つめるような色で見つめてくる。
 本当に、じっと、まるでこの心の奥底までもを見透かすかのような、そんな瞳で。

「……え、な、なに? どうしたの真宵ちゃん…?」

 そう聞けば、深い色を湛えた瞳は一度手元の本に視線を落として、おもむろにその本を閉じた。
 それから、またしっかりとこちらを見つめながら。

「なるほど君……御剣検事、どこか遠くへ行っちゃうの?」

 逆にこう聞かれて、僕は今度こそ飛び上がりそうなくらいにビックリした。
 どうしてそのことを?!
 と、咄嗟に口に出せば、やっぱりそうなんだね……と、どこか寂しそうな瞳で彼女が言う。
 その声に、どことなく切ない響きが含まれている気がして、なんだか嫌な汗が頬を伝うような気がした。

「あーまぁ、遠くっていうのはホラ、海外研修だよ。あいつ自分から希望してて、今回ようやく許可が下りたって、嬉しそうにしてたし。ま、しばらく寂しくはなるかもね、うん」

 それにしても、よくわかったね。
 努めて明るい口調で、そう言った。
 なんでだかわからないけど、これ以上この雰囲気は続けたくない、そう思って。

「う、うん……アイレンって、お別れの時に渡されるお花だって、書かれてたから」
「ああ、そうなんだ? ふぅん、別に今生の別れってわけでもないのに、あいつってホントやることなすこと大袈裟だよなぁ」

 そうだよ、だって別に、今生の別れってわけじゃない、ないはずだ。
 そうだろ? 御剣。
 そんな風に、内心で焦る僕の胸中を、どこまでも見透かすような瞳が見つめる。


「ねぇ、なるほど君は……御剣検事とずっと、友人のままでいたい?」
「あ、当たり前だよ! あいつは僕にとって親友で、あくまでも親友で、それ以上でもそれ以下でもないよッ」

 大人げないことに、思わず叫ぶように答えてしまっていた。
 なんでだろう、さっきからすごく、何か大きなものにジリジリと焼かれているような。
 そんな妙な焦りが、僕を追い立てるから。


「……そっかぁ。じゃぁ、なるほど君」


 真宵ちゃんは、そう言ってから一度言葉を切って、ゆっくりと目を閉じた。
 まるで、何か大事なことを予言する、巫女みたいに。


「絶対に、絶対に。アイレンの花言葉を、知ろうとしたら、ダメだよ…?」


 同じようにゆっくりと、目を開いた真宵ちゃんは。
 もういつもの彼女だった。
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