とある検事の愛の日記
□12月15日、雨のち曇り。
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それは確かに、先日の彼の言葉どおり、照れているわけでも、拗ねているわけでもないのだろう。
ただただ、私の言葉に呆れと苛立ちと虚脱感を覚え、それ以上の感情など抱いてはいないのだ。
一方的で暑苦しいものでしかない、こちらの想いを向けられて、それでも決定的な嫌悪感と怒りを抱かないのは、それだけ、私のことを『大切な友人』として位置付けているからなのだろうか。
そして、きっと私は。
そんな彼の『友人と認めた人間にはとことん甘い』性格に、これ幸いと甘えていたのだ。
今は、そのことがよくわかる。
「フッ、粘り強さにかけては天下一の男から言われるとは、私も極まったものだな」
「極めんなよそんなもんッ! ……とりあえず、勿体無いし花は受け取っておくけど、毎回言ってるとおり、お前の気持ちに応える気は、さらっっさら無いからな!!」
全力で拒絶しているのだ、と。
そう言いながらも花を受け取る成歩堂は、本当に甘い男だと思う。
どこまでも心根の優しい、そして残酷な男だ。
意図せずこの唇が笑みの形を作っていたようで、成歩堂がキッと睨みつけながら「なに笑ってるんだよ、気持ち悪いなぁ」などと失礼なことを言う。
まったく君は口が悪い。
ああ、だがそんなところも、やはり私は好きなのだな。
まるで嫌いになれない。
それが愉快でたまらないのだ。
けれど。
「すまないな、あまりにも君が好きすぎる自分に笑えただけだ。この花は今日までの詫びの印だと思って受け取ってくれ。私はもう二度と、君に花を贈りはしないし告白もしない」
「……え、あ? そ、そうなの?」
目をぱちくりと瞬かせ、呆気にとられたような顔をする。
この上もなく意外なことだったのだろうか、「ほ、ホントに? 何か悪いものでも食べたのか??」などと、斜め上の方向に心配を寄せる彼は、やはり甘い。
まったくタチの悪い男だな、決意が揺らぐではないか。
胸中で悪態を吐くが、表面上は至って真面目に言い募ることにした。
こういうことは、勢いと隙の無さが肝心だ。
「先日の君の言葉で、ようやく目が覚めたのだ。まったく私はどうかしていたな、一方的な感情を押しつけて、君には多大な迷惑をかけてしまった。深く反省しているのだよ」
すまなかった。
そう、言いながら深々と頭を下げれば、目の前の男からはひどく動揺した気配がした。
「い、いや、わかってくれたんならもういいよ、いいから頭上げろって」
肩をぐいっと掴まれて、顔を上げればここ最近は逸らされてばかりだった目が、きちんとこちらの目を見つめている。
その事実に胸が震えるが、それと同時に、もうずっと目線が合うことなどなかったのだと、今さら思い至って苦しくなった。
唇を噛み締めて言葉もないこちらに対して、成歩堂はその眉尻を緩く下げ。
「ようやく、よぉっやくわかってくれたのか…! 半分以上は諦めてたんだけどさ、ホント。僕はお前のこと、そういうアレな意味では見れないけど、大切な友人だと思ってきたし、これからも思っていきたいんだよね。だから今、すっごく嬉しい」
そうか、それは、良かった。
例え、この胸が抉られるように痛んでいようとも。
君の心底からの笑顔を、随分と久方振りに見れて。
良かったと、思う。
「そういうことなら、この綺麗な花束、喜んで受け取るよ……なんていうか、いつもながらゴージャスだね。何ていう花?」
花束を抱えてにこりと笑う、その眩しさたるや。
まったく君はやはり、どこまで行っても罪作りな男だ。
「アイレンだ。花言葉は、私の言葉で表現するならば君に幸あれ、といったところか。来週の飲み会では、良い出会いが君に訪れますように」
「うわっ、キザだなぁ相変わらず! ていうか、御剣は参加しないの?」
矢張でもあるまいし、失恋したばかりの私が、参加などするものか。
喉元まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。