とある検事の愛の日記

□とある弁護士の嘆き。
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 ……うん。
 いま思えばやっぱりあの夜が、分岐点だったんだろう。

 だけどそんな夜を過ごしたところで、御剣の苦悩が払拭されるわけもなく。
 結局は『死を選ぶ』なんて物騒な書置きひとつ残して、彼は消えた。
 あの時のことを思い出せば、いまだに沸々と言いようのない感情が渦を巻くよ。




 そうして現在、海外武者修行の旅でもしてきたらしい男は、その道程で常識とか道理とか倫理観とかモロモロ、とにかくそこらへんのものをどうやら海に投げ落としてきたようだ。
 非常事態の中で一年振りに再会した御剣は、それはそれはもう憎たらしくて首絞めたくなるくらい、とにかく不遜さと自信満々度が増してた。
 そしてそんなヤツに対して、一瞬でもちくしょうカッコよくなって帰ってきやがって、とか思ってしまったあの日の僕は、ゼヒとも無かったことにしてもらいたい。


 共闘が終わって真実勝ち取った後、落ち着いたところでようやく僕は、色々と言い募りたいことはあったけどそこは大人な余裕ってヤツで全部飲み込んで。

「おかえり」

 そう言ってやった。
 この時の対応、自分で言うのもナンだけど、盛大に褒め称えてもいいと思う。
 ぶん殴ってやることも、詰り倒してやることも、はたまた完全無視してやることも選択肢としてあったし、その権利も僕にはあったんだから。

 それら全てを放棄して、それこそホトケゴコロってやつを向けた僕。
 そんな聖人君子にも劣らないデキた人間に対して、御剣という名のバカがとった行動を、あのとき誰が予想できただろう。
 少なくとも僕にとっては、まさに青天の霹靂だったよ。


「ああ……ただいま、成歩堂!」


 とか言いながら、立派な体格の男に抱きつかれるなんてさぁ。
 脳内真っ白ってこのことを言うんだな、なんてしみじみ思うくらいビックリものだった。

 ぎゅうぎゅう容赦なく締めつけてくるもんだから、いい加減こっちの身が危うくなって。

「ちょっ、苦しいって!」

 とかなんとか言いながらベリッてな擬音が聞こえそうな勢いで、その体を剥がしてみれば。
 そこにはもう、とんでもなくキラッキラした瞳で頬を紅潮させた御剣が。
 至近距離からうっとりとこちらを見つめていて。

 瞬時に全身が総毛立ち、僕の生物としての本能が脳内で叫んだ。


『やっべぇえフラグ立ってるぎゃーッ、全力でへし折れ! もしくは逃げろメイデイッッ』


 という、非常に残念なお知らせだった。
 じりっと後ずさって、とりあえず本能に促されるまま全力で退避するべく。
 引きつりまくっていただろうけどあくまでも穏便に済ませられるよう、必死で笑顔を浮かべながら。

「ああそういえばまだ他にも仕事あったんだ忙しい忙しい帰るよそれじゃぁな!!」

 と、ノンブレスで言い切って。


 強歩ってかそれもうほぼ走ってんじゃね? とかツッコミが入りそうな速度で僕はその場を後にした。
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