青い鳥
□4.さよなら自由
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僕は御剣が大好きだった。
それは揺るぎのない事実だ。
カッコ良くて可愛い、そんな少年だった御剣に救われた僕が、その存在に惹かれないわけがない。
でも、それはあくまでも、人間として、親友としてであって。
どこをどうしたらこの純粋な気持ちが、いつの間にか『恋』だとか『愛』だとか呼ばれるものになるんだろう。
いくら考えてみても、自分の気持ちの変移にはまったく驚くばかりだ。
なんたって、僕はれっきとした男で。
御剣だってそう、あいつにも男として立派なものがついてることは、小学生の時に散々トイレでご一緒した仲としては言わずもがな。
だから、例え天地がひっくり返っても御剣が成人男性である、という事実は覆ることがない。
それなのに。
御剣を前にすると、嬉しくなる。
当然だ、だって僕は御剣に会いたかったんだから。
御剣が笑うと、ドキドキする。
当然だ、だって今の彼の笑顔はとんでもなく貴重なものだから。
御剣から名前を呼ばれると、嬉しさと同時に胸が少し苦しくなる。
当然だ、だって僕は、ずっとこの瞬間を切望してきたのだから。
冬休みが明けて、三学期の始業式に。
何の前触れもなく、御剣が転校してしまったことを知らされた。
どうして? と言い募る僕に、当時の担任の先生はただ一言「ご家庭の事情で、どうしようもないのよ」と、困った顔で言うだけ。
わけがわからなかった。
結局は何の言葉も交わせないまま、僕らの道は別たれてしまったのだという事実が、日を追うごとに現実味を帯びて。
それが余計に、哀しくて、寂しかった。
ただただ会いたくて、会えないことに泣いたあの日から。
だからこそずっと、もうずっとこの胸の奥には『御剣怜侍』という存在が、強烈な痛みと一緒に根深く刻まれていたんだと思う。
だけど。
御剣が結婚するって聞いて、ショックだった。
当然だ、だってずっと、会えなかった時間を取り戻したくて、必死に勉強して弁護士になったのに。
御剣が海外に移住するって聞いて、世界が足元から崩れていくような感覚を味わった。
当然だ、だって僕は、ようやく親友として付き合えるようになった御剣と、この先ずっとずっと一緒に居たかったんだから。
御剣の口から、好きな人の存在を知って、まともに息ができないくらい苦しくなった。
だって……僕は。
嫌だった。
嫌だと叫んでしまいたかった。
結婚も、海外も、その胸に抱く誰かへの想いも。
成長しないまま、胸の奥深くでずっと息づいていた小学生の僕が、叫んでいた。
僕が、僕こそが御剣を好きなのに! って。
自分自身の御剣に対する言動や、あいつの一挙手一投足に振り回されてきたこれまでを思い返せば。
それらは「寄りにもよって同性の御剣が恋愛対象とか、ないだろない、あり得ない!」と、必死で否定しようとする脳内の常識や倫理観というものを悉く叩きのめし、見事なまでに吹き飛ばした。
とんでもない独占欲に、自分で自分が信じられない。
こんなにも強烈な、飢餓感にも似た貪欲なものが、この胸の奥底にあったなんて。
「さ、最悪…!」
相手に想い人が居るってわかって、それが心底ショックで自覚するとか。
阿呆の極みかって話だ。
更に同性って、どう考えても不毛だ、不毛すぎるだろ。
確かにあいつは小さい頃から可愛かったけど、それ以上にカッコイイ男の子だったのに。
執念で再会してみれば、とんでもなく冷徹で不遜な男に成長していて正直ちょっと涙したくらいだ。
だけど、それでも少しずつ垣間見えた『あの頃の御剣』の片鱗が、僕を奮い立たせて。
すったもんだ紆余曲折あったけど、ついに僕は夢にまで見た、親友という関係性を築くことができたっていうのに。
「ううう、な、なんで寄りによって御剣なんだよ、あいつ男だし可愛くない……ことないけど、男だし!!」
布団の中で丸まって一晩中、苦悶した。
一睡もできないまま、僕は自分の中の『御剣が好き』と言い続ける僕と格闘したけれど。
今さら否定なんて、できるわけがなかった。
結局、こないだ見たあの夢が、自分自身の隠された願望を形にしたものだったという事実に、打ちのめされるだけ。
敬愛、なんていう言葉で取り繕って、目を逸らしてきただけだった己の卑怯さに呆れるばかりだ。
涙と鼻水でひどい不細工顔になった朝、鏡の前で僕は、それでも諦められない自分を知った。