血と愛
□15:罪と願い
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対外的な私たちの関係は、年を経るごとに、その場に合わせて変わって行った。
仲の良い友人同士から、兄弟へ。
年の離れた兄弟から、親子へと。
成歩堂が三十路を過ぎ、見た目も年齢相応に落ち着き、私よりも年上に見られるようになった頃。
一人取り残される恐怖は、想像以上にこの心を苛み、あまりにも苦しく。
一度だけ、私は彼に「眷属になってほしい」と、そう願った。
だが……案の定、彼は頷かなかった。
「僕は人間として君と出会って、人間のまま、君を好きになったから。最後まで人間として、生き抜きたい」
口調は穏やかなものだったが、頑として譲らぬ強さがあった。
それこそが、成歩堂龍一という男の強さであり、私が愛した魂の潔さである。
だからこそ、その主張を覆そうなどとはとても思えず、日々は、あっという間に過ぎ去っていった。
丈夫が取り柄な男だったが、それでも老いていく体は徐々に弱り、寝込みがちになる。
その頃には既に、親子ではなく祖父と孫の間柄として、周囲には説明していた。
別れの日は近い、互いにそうと口にしなくても、逃れられない現実だった。
彼が死の淵にあって、その心を占めるのは、独り残される私のことだったに違いない。
折に触れて、彼は『未来の願い』を口にするようになった。
曰く、「人間との混血である半吸血鬼、これからも増えるだろうから、君が守り導いてあげてね」だの。
曰く、「矢張が立ち上げた吸血鬼相手の商売、『狭間』たちがもし危なくなったら、助けてあげてね」だの。
最愛の人間が口にする、最期の願いを、どうして否定できようか。
全てを受け止め、必ず約束を果たすと誓えば、彼はその老いさらばえた皺くちゃの顔でなお、変わらぬ陽だまりのような笑みを、浮かべた。
そうして……その眦から一筋、涙を流したのだ。
「ごめんね」
そう、寝たきりとなった彼は、私を見上げて言った。
「御剣、君を、信じられなくて……ごめん」
厚かましいお願いついでに、罪の告白を、させてくれ。
彼は、そうして、ぽつりぽつりと、話し出したのだ。
「眷属になってほしい、そう、言われたあの時。僕はもっともらしいことを言って、断ったね。……でも、本当は」
結局のところは、君を信じられなかっただけなんだ、と。
彼は涙を流し、そう告白したのだ。
人間不信さは、君よりずっと遥か上だったんだよ、と。
とある女性を命がけで愛し、その上で手ひどく裏切られ、傷ついて。
もとより、情の深い彼のことだ、その傷は長くその心を痛ませ、この上もなく臆病にさせてしまったのだろう。
例え相手が、私であっても……否、同じ時を刻めない私だからこそ、というべきなのか。
「僕は、君が好きだよ。だけど君からの『愛』を……あの日の僕は、信じられなかった。どうせ、いずれ、年をとった僕に辟易して、離れていくだろうって。そう、思っていたなんて」
なんて、大馬鹿者だったんだろう。
ごめん……ごめんね、御剣、ごめん。
「この、たったひとつの『罪』が、君にこんな途方もない孤独を、与えてしまうだなんて。……想像も、してなかったんだ」
ああ、そうとも。
成歩堂、君を亡くしてこれから先、どうして生きていけようか。
自ら死を選ぶこともできない私は、心中すら望めないのだ。
生きてはいけない。
たった独り、永遠に終わらない孤独な未来など。
生きてはいけないに、決まっているではないか。
気がつけば、視界は溢れる滴で歪み、彼の顔すら滲んでいた。
声もなく、その場で慟哭する私のこの頬に、細く枯れ枝のようになってしまった、成歩堂の手が触れる。
まるでいつかの、愛し合ったあの日のように、そっと。
「約束するよ。僕は必ず、生まれ変わる。再び人間として生まれ変わって、君と出会うから。どうかその時こそ、御剣、君の眷属にしてほしい」
躊躇わないで、迷わないで。
僕の意志なんて無視してもらって、一向に構わない。
きっと僕は忘れてしまうだろう、それが生まれ変わるための対価だ。
僕は最期の魔術で、『僕として』生まれ変わる。
いつになるのかはわからない、だけど必ず、君の前に現れるよ。
眷属になった僕は、何もかも忘れてしまった僕は、きっと君を憎むだろう。
君を、憎んでしまうだろう……だけど、それでも。
「この命は、この魂は、御剣。君のものだ。この血と、愛は……」
永遠に。
それが、彼の最期の、願いだった。