血と愛

□12:闇深く
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 いつの間にか、雷鳴は遠のき、激しく打ち付けていた雨も小降りになっている。
 濡れ鼠のように頭からびっしょりと雫が滴り落ち、衣服が肌に張り付く感触がなんとも言えず不快だった。
 ゆっくりと立ち上がり、倒れた御剣へと向かう。


「悲劇のヒロインぶるのはもう終わり? それじゃぁ、その心臓、私がもらうわね」

 僕と御剣との間に立って、殊勝な笑みを浮かべながら言う彼女が、ひどく邪魔だった。

「御剣の心臓を、そこまで欲しがる理由を聞いてもいいかな」

 静かに聞けば、一瞬虚を突かれたような顔をして、それから訝しげに瞳を眇めつつも、得意気に語りだす。
 決まっているだろう、と言わんばかりに。

「だって半端とはいえ、仮にも吸血鬼の心臓よ? 手に入れさえすれば、絶大な魔力と永遠の命を得られるの。知らないの? 吸血鬼から『与えられた』のではなく、『奪った』心臓っていうのは、意味合いが大きく異なるのよ」

 与えられれば眷属となり、永遠の命と引き換えに、その一生を主人に捧げなければならなくなる。
 だけど奪ってしまえば、立場は全く逆転し、永遠の命と魔力を欲しいままにできる、というわけだ。


 ずっと、そういう意味で命を狙われる日々を、過ごしてきたんだろう。
 半分人間だから、半端な存在でしかないから。
 だから、あいつの心臓は他のものより容易く手に入ると、欲深い奴らから甘く見られて、狡猾な奴らからは虎視眈々と見張られて。

 僕が眷属になったことで、そのリスクは更に高まったに違いない。
 いち下僕に過ぎない僕の心臓を、狙えばいいんだから。
 だから、彼は極端に僕を束縛し、なるべく一人きりにさせないように気をつけていたんだ、いつも。

 そうだ……いつだって、君はそういう、不器用でわかりにくい優しさを持つ男だったってこと、を。
 僕は、とっくの昔に、知っていた。


 そんな君だからこそ、僕は、愛したんだ。
 心の底から、その魂を、その全てを、欲してしまうほどに。


 御剣を、……『信じられなかった』くせに。


 閉口した僕をどう思ったのか。
 愉悦の笑みを深くした彼女は、聞いてもいないことまで饒舌に語る。

「御剣の一族ってね、狩魔豪が根絶やしにしたのですって。でも、半吸血鬼である御剣怜侍だけは殺さず、それどころか弟子にした。ふふふ、彼も相当、歪んでいるわよね」

 そもそも。
 完璧をもって良しとする狩魔豪にとって、同じ始祖であるはずの御剣信が人間と交わり、あまつさえ子供を持つことさえ、到底受け入れられないことだった。

 御剣の一族を、その持てる力の全てを使って、完膚なきまでに滅ぼして。
 それなのに、生き残った半吸血鬼である御剣だけは、手元に置いた。

「御剣信の子供を、冷酷無比な吸血鬼として育てることで、御剣信の精神そのものをも滅ぼそうとしたのよ。でも……半端な存在はどこまでも半端よね」

 だから。
 弟子の裏切りが赦せなかった狩魔豪は、『心臓のない御剣』を捕らえ、いずれ朽ち果てるその時まで、侮蔑と屈辱の中で飼い殺してやろうと、動いた。
 そこに、美柳ちなみとの利害が一致して、今に至ったというわけだ。
 狩魔豪にとって、御剣の心臓なんて、とっくに奪われたも同然であって、その行方なんて興味もなかったに違いない。


「……人間だった僕に近づいたのも、そういう目的だったのかな」

 聞けば、つまらなさそうに鼻で嗤われた。

「最初は馬鹿な男ほど利用方法によっては価値があるから、適当に付き合ってあげただけよ。途中からやけに魔力が増したし、耐久力も上がったから変だとは思ったけど」
「そう……『相変わらず』だね」

 君は相変わらず、人を利用し、裏切ってきたんだね。


 唇から零れた音は、まるで半分寝言みたいだと自分で思う。
 この状態をなんて表現すればいいんだろう、よくわからない。

 僕は『成歩堂龍一』という、元人間だ。
 それは揺るがない真実でここにあるのに、『もう一人の自分』が、言葉を紡いでいるこの感覚。
 ひどく奇妙な、理屈とか道理とかを超えた部分で、胸奥に目覚めたソレは、僕であって僕じゃなかった。


「そろそろ御託を並べるのも飽きたし、いいかしら。なるべく痛くしないように気をつけるから、大人しく心臓を抉られてちょうだい」

 とんでもなく不穏な言葉が、さらりとその薄紅色の唇から発されて。
 と同時に隙の無い動きで攻撃を仕掛けられた、けれど。


「そう都合よくはいかせないわ」

 そんな声と一緒に、しなるムチが美柳ちなみの腕をピシャリと打った。
 ギャッ、という小さな叫び声をあげて、彼女が僕の目の前から飛び退く。
 次にその攻撃の餌食になったのは、もちろん僕だ。

 痛いよ狩魔冥!
 と非難すれば、更にムチが飛んできて、スミマセンごめんなさいと必死に謝る羽目になった。


「なによあんた! 私の邪魔をするなぁあッ」


 髪を振り乱して、すごい形相で睨む彼女は、醜悪という言葉がこの上もなく似合う。
 対する狩魔冥は、どこまでも凛とした佇まいで、そこに立っていた。
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