血と愛

□8:廻る半分の
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 深く頭を下げ続けるだけの僕に、大吸血鬼はフンと鼻で嗤う。
 侮蔑と嘲笑に満ちた視線が、容赦なく降り注がれるのをただ黙って受け止めた。

 僕は御剣の眷属だ、明確な主への殺意を持った存在は、排除すべく動かなければならない。
 他でもない僕こそが、あいつへの殺意を持て余しているっていうのに、とんだ矛盾だと笑いたくなる。
 それでも、血の盟約は絶対だ。

 少しでも向こうが攻撃的な態度で迫れば、ナイフを手にして応戦しなければならない。
 まったくどこまで忌々しい状況なんだと、舌打ちしたくなる。
 つらつらと考える時間は、でもそこまでだった。

「貴様に用はない。意志に反して眷属とさせられた、哀れな元人間よ。何もせず、あやつの様子を教えればそれでいい」

 鋭い眼光でニヤリと壮絶な笑みを浮かべながら、狩魔豪は言った。
 そのたった一言で、僕はひとつ理解した。
 目の前の吸血鬼の王は、僕が心底から『御剣を殺したいほど憎んでいる』ことを、知っているのだと、理解できたから。
 片膝をついた姿勢のまま顔を上げて、僕は笑った。

「書斎で、仕事をしています」

 御剣の居る場所まで案内しろと言われたなら、全力で抵抗しただろうけど。
 様子を教えるということなら、盟約違反にはならない。
 さすがは大吸血鬼だ、無駄なことは一切しないってわけか。

 実際、取るに足らない僕なんかが抵抗したところで、数分の誤差が生まれる範囲だろうけど。
 そうは思っても、この状況はどうやら僕にとって僥倖以外の何ものでもないらしい。
 例え御剣がどれほど強いとしても、この吸血鬼の始祖である男には勝てないだろう。

 昏い感情が湧き上がるのを、薄っすらと自覚する。
 途方もない年月を経て抱き続けてきた、御剣への憎悪と怨嗟が、いまようやく解放されるのかもしれないという、期待に。

「そうか、相変わらずの体たらくか」

 くつくつと嗤ったかと思ったら、瞬時にその手が伸びてきて、頤を捕らえられた。
 ぐっと掴まれて強引に顔を固定され、じっくりと真正面から観察される。
 ちょっと首と顎が痛くて、眉間に皺が寄りつつも、僕はその顔を真っ直ぐに見返した。

 何が目的なのか、さっぱりわからなかったから、恐怖に身が竦んでも目を逸らすことはしない。
 そんな僕をどう思ったのか、酷薄な笑みを浮かべた目の前の化け物は、「ああそうか、貴様は…」とかなんとか、呟いたけど。
 続く言葉は、突如放たれた魔法攻撃によって遮られた。

 咄嗟に顔を捕らえていた手が離れて、解放された僕が見たのは。
 目の前にいつの間にか割って入っていた、主の背中だった。


 まるで魔王と呼んでも違和感のない男の視線から、僕を庇うように立つ彼が、ひどく緊張していることはその顔を見なくてもわかる。
 ビックリの連続ではあったけど、今度こそ口をポカンと開ける事態だった。

 僕が眷属として仕方なく主の盾になる時、目の前のこいつは背後でふんぞり返ってるだけで、自分から出てくるなんてことは今まで一度もなかったからだ。
 お前も戦えよ、と僕が訴えたところで、主人を守り通すのが下僕の役目だろうとか、吸血鬼の理屈を持ち出してきてイライラさせるだけだったのに。
 しかもこいつは、僕があわよくば『御剣が殺されてしまう』ことを望んでいると、わかっているはずだ。
 わかっていたからこそ、前線に立つことはないんだと、そう、思っていた。

 なのに。
 御剣、と声をかける前に、魔王の嘲笑が響いた。

「久しいな、御剣よ。愚かな『半端者』めが。まさかとは思っていたが、たかが下僕を庇うためだけに、本当に我輩の前に出てくるとはなッ。片腹痛いわ!」

 御剣の肩越しに見た狩魔豪は、その鋭い眼差しにある明確な殺意を、まったく隠そうともしない。
 そこにあるのは僕に向けたのと同じ、いや、どうしてだろう、それ以上に侮蔑と憎悪に塗れたものだった。

 何故? という疑問がいよいよ深まる。
 御剣のお師匠様ではなかったのか、この目の前の大吸血鬼は。
 狩魔冥の父親にして、三大吸血鬼の一人である狩魔豪は、確か幼い御剣を弟子として育てたと、そう聞いていたのに。

 いま、その師匠であるはずの脅威が、御剣を『半端者』と罵り、捕えようとしている。
 わけがわからなかった。
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