血と愛
□6:夢と魔女っ娘と元弟子
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御剣は普段、黒のマントに紅いスーツでその首元にはヒラヒラもとい純白のクラバットという、いかにも吸血鬼ですってな姿で過ごしている。
だけど、年に一回だけ、その体を真っ青な魔道士のローブで覆う。
僕が初めて御剣と出会った時に、どうして吸血鬼である男が魔道士のローブを纏っていたのかという答えが、これだった。
寄りにもよって、御剣が年に一回だけローブを纏う、その日に。
僕は冤罪を被って夜の森に逃げ込み、忌々しい男と出くわしてしまったわけだ。
見るからに古いものであることが窺える、その青いローブを身に纏った御剣は、その一日をかけて、一人でどこかへふらりと出かける。
僕を完全なる眷属としたその日から、ぴたりと暑苦しいくらいに傍に居る主が、唯一、僕から離れる貴重な一日だ。
最初は眷属なのに付き従わなくていいのかと、訝しく思ったりもしたんだけど。
当の主人である御剣が、それを拒んだ。
僕としても、一年のうちたった一日でも、憎悪で苛まれる日々から解放されるのならそれに越したことはない。
御剣の眷属である限り、決してこの胸にある憎しみが消えることはないと、わかってはいても。
今年もそんな貴重な一日がやってきた。
僕はもうとっくの昔に月日を数えるなんて几帳面なこと、面倒くさくて投げ出したけど、御剣はきっちりはっきり認識している。
起き出してすぐに、書斎の額に入れて飾ってある青いローブを纏ったから、それで僕も今日が『その日』なんだとわかった。
ていうか、普段は額に入れて飾ってるっていうのがもうね、何なんだろうね、ツッコミどころ満載すぎて逆に何も言えないよ。
それでも僕が作ったパンケーキでお茶してから、彼はろくに言葉を交わすこともなく、屋敷を出て行った。
僕がこの隙に姿をくらませたところで、どうせ無駄だと思っているからこその行動だろう。
そう思うと沸々とイラつきが湧いてくるけど、哀しいかなそれが事実だ。
だから結局は貴重な一日と言ったところで、僕に出来ることなんて大して変わらない。
邪魔な存在が居ない分、心ゆくまでトイレ掃除に専念できるとか、そんなことぐらいだ。
今日も今日とて、腕によりをかけて掃除するぞーと、鼻歌うたいながら便座を磨いていたんだけど。
玄関先から僕を呼ぶ声が聞こえた、ような気がした。
……と、思ったら。
「なーるーほーどーくぅううううん!!」
「ぎゃーッ」
大音量が耳元で響き、危うく僕の鼓膜は破ける寸前。
いくら丈夫な吸血鬼の端くれに据えられた身とはいえ、限界があるから、限界が!
しばらくは耳を押さえて悶えることになった僕に対して、続く言葉が容赦なくかけられた。
「もー、またトイレ掃除に没頭してたね? 何度も何度も呼んだのに出てきてくれないから、玄関また壊しちゃったよぉ。きちんと直しておいてね、なるほど君!」
「……(また僕が御剣に言い訳することになるのか)……はい。ていうか、久しぶりだね、真宵ちゃん」
夜に包まれた薄暗い屋敷にあっても、彼女の元気溌剌とした輝きは決して失われない。
時々、あまりにも眩しくて胸苦しくなる、そんな彼女は綾里真宵ちゃんという、魔女っ娘だ。
そう、魔女。
この世界には人外の知的生物として、吸血鬼と、それから魔女がいる。
吸血鬼と違い、人間を餌にすることはない彼女たちは、だけど吸血鬼と同様に人間よりずっと秀でた魔法を使うことができる。
ある意味、人間の進化した姿、突然変異種なのではとか、色々と言われているけれど、やっぱりその存在は稀少だ。
そんな魔女っ娘の一人である彼女は、僕が人間であった頃、魔道士を目指して弟子入りした偉大な魔女の、妹さんにあたる女の子。
見た目は十代のうら若き乙女だけど、実際は二百歳をゆうに超えている、立派な正真正銘の魔女だ。
そう、人間として御剣と出会い、颯爽と助けてくれたヒーローみたいなあいつを魔道士だと思い込んだ幼い僕は、小学校を卒業するとすぐに魔道士になるための修行に出た。
吸血鬼と同じく、魔女の社会にも派閥や階級があって、中でも一番人間に協力的だったのが、綾里千尋さんという齢五百を超える大魔女さまだった。
いくら強烈に魔道士に憧れて、自分もああなりたいと願ったところで、孤児だ。
魔道士になるための学校に入学なんて、できるわけもなく。
だけど思い込んだらとことんな諦めの悪い性格は、熟考した結果『だったら魔女の弟子になればいいんだ!』という結論を出した。
学もお金もコネもない僕は、千尋さんが根負けするまで弟子入りのお願いをし続けて。
そうして僕は、人間でありながら『魔女の弟子という地位を勝ち取った男』という肩書を手に入れ、魔道士見習いになった。