血と愛
□5:赦さない、赦されない
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数少ない吸血鬼の中でも、更に貴重な女性の純血種。
生まれた時から上流志向、選民思想な環境で育った彼女は、まさに『The吸血鬼』と呼ぶに相応しい。
見るからに気の強そうな三白眼と整った鼻筋、真っ直ぐな髪は月光を浴びてまるで純銀のように煌めく。
まったく御剣といい彼女といい、吸血鬼という一族はどこまでふざけた存在なんだろうか。
不老不死の上に魔法の威力も半端なく、おまけに、美しい。
そう、どれほど忌々しく思ったとしても、それでも彼ら彼女らは『美しい』という形容詞が、どこまでも似合う存在だった。
「相変わらず元気そうだね、狩魔冥」
「たかが下僕の分際で呼び捨てにするなと、何度言ったらわかるの!」
「少し落ち着きたまえ、冥! 私の成歩堂が失礼な発言をすることなど、今さらではないか」
そのフォローは主としてどうなんだ、というツッコミも結局は彼女のムチ捌きによって世に出ることは叶わなかった。
一通りムチの洗礼が終わると、僕が作ったデザートでティータイムとなる。
これももう、お決まりの流れだ。
散々僕をバカにする割りに、そんなバカバカしい男が作ったマフィンやケーキなんかは、彼女の嗜好を満たすものであるらしい。
御剣が調子に乗って「美味だろう? 私の眷属は優秀だからな」とかなんとかドヤ顔すれば、すぐにムチが振るわれるけど。
ちなみにそのティータイム、僕は給仕として動くだけで、ソファには御剣と狩魔冥が向かい合って座っている。
基本的に呼ばれない限りは、応接室の外で待機だ。
まぁ、御剣の隣に問答無用で座らされることが大半(とんだ羞恥プレイだよね)なんだけど、今回は座らなくていいらしい。
ハッキリ言って御剣の隣は苦痛以外の何ものでもないから、僕はこれ幸いと部屋を出た。
もちろん、いつ呼ばれるかもわからないから、扉の傍から離れることはできないけれど。
「…つまで……、……の?」
「……だ…………な」
扉の向こうから漏れてくる声は、不鮮明で全てを聞き取ることはできない。
別に興味があるわけでもないけど、雰囲気からして険悪な感じは、今のところしない。
吸血鬼同士で慣れ合う、ということはまずないらしい。
だけど御剣と狩魔冥は、僕から見ると兄弟みたいな関係に見える。
こう言うと、狩魔冥は胸を逸らして、「私が姉よね、どう考えても」なんて言うけど、否定はしないんだ。
詳しくは知らないけど、どうやら御剣の師匠と呼ぶべき純血種の、しかも始祖の一人と言われる『大吸血鬼』が、狩魔冥のお父さんなんだとか。
聞いた時には、ああだから彼女はこんなにも偉そうなのかと、妙に納得したものだ。
そしてどうして僕を目の敵にするのかも、よくわかった。
そりゃぁ吸血鬼界の王族から見たら、僕みたいな最下層の元人間なんて、忌み嫌うべき存在だろう。
話し合いは小一時間ほどで終わりを迎えたらしい。
来た時と同様、彼女は帰る際も唐突だ。
急に呼ばれたと思ったら、御剣から「冥に手土産を渡してくれ」と言われた。
調理場に出向いて、明日分にと作り置きしておいたスイーツたちの中から、手軽に持ち運べるものを選んでいく。
それを包装紙で包んで応接室に戻ると、いつの間にか二人が険悪な雰囲気で睨み合っていて。
「……」
「待ちなさい、成歩堂龍一」
見なかったことにしようと無言で退散しようとしたけど、まぁ、無理だった。
ついさっきまで穏やかに話し合ってたじゃないか、それがどうしてこうなった。
狩魔冥から声をかけられて、仕方なく振り返れば彼女の鋭い視線に出会う。
御剣をジト目で見やるけど、その顔は珍しく暗い表情で俯いていて、役に立ちそうにない。