血と愛

□3:大いなる差異
2ページ/5ページ


「い、ひ…ッ、頼む、命だけは…!」
「そう命乞いした、まだ成人したばかりの女の子に、あんたはどんな返答をしたんだっけね?」

 尻餅をついたまま後ずさろうとするその男に、しゃがみ込んでわざわざ目線を合わせて言えば、もともと蒼白だった顔からは脂汗が滲み出る。
 まったく、その様子のどこまでも無様なことといったら。
 元人間として、とても情けなくなった。

 呆れを通り越していっそ哀れだなぁ、なんて暢気に思いながら、さてこの男をどう拘束して御剣の前に突き出そうか。
 そんな物騒な物思いに耽っていた、僕は。
 背後の気配に一瞬だけ、反応が遅くなってしまった。

 白刃が煌めいて、空気を切り裂き僕の背中に突き立てられようと、振り上げられる。
 その刃は純銀で出来ていて、もちろん難なく避けるけど、少し服に掠めてしまった。

 銀製のそれは、吸血鬼にとってはとても厄介なもの。
 致命傷とまではいかなくても、傷が治りにくくなるし、刺さった場所が悪ければしばらく動けなくなってしまうんだ。
 内心で『げっ、こんな一撃も避けられないのかとか絶対、御剣に鼻で嗤われる! ちくしょうッ』と盛大に舌打ちしつつ、間髪入れずに立ち向かってきた勇敢な(というよりただの死にたがりか?)男に、振り向きざま拳を放つ。

 声もなく吹き飛んだ体は、手ごたえからして肋骨の三本ぐらいは折れたかな。
 少なくとも暫くは、これで動けないはずだ。

「まだ動ける奴がいたなんて、力加減が甘かったか。最近平和だったからなぁ……気をつけないと」

 言いながら、逃げようとしていた肥えた男との距離を詰める。
 もともと、こいつが御剣にちょっかい出そうだなんて思いつくから、下僕である僕に余計な仕事が増えるわけで。
 そりゃぁちょっとは油断していた僕にも反省点はあるだろうけど、あのいけ好かないドヤ顔で嫌味言われるのかと思うと、段々この醜い男に対するむかっ腹が立ってきた。

「逃げられないように、腕と足の骨ぐらい、砕いておこうか」
「ひぃっ、あ、来るな、来るなぁあ…!」

 断末魔のような悲鳴も、だけど僕を躊躇わせるだけの威力はない。
 大体、元人間ではあってもこの身は既に『御剣の眷属』だ。
 僕の意思なんて関係なく、主を害そうとする存在はすべからく排除する、それが下僕である『成歩堂龍一』に科せられた、存在意義。

 そう、僕は決して、主である御剣を害することなんて、できない。
 血の盟約がそれを許していないから。
 僕は、どれだけ憎悪を募らせようと、どれだけ狂気を孕もうと。

「あいつを生け捕りにしたいなら、戦争するぐらいの意気込みで立ち向かうんだね。殺したくなったら、日の光の下に置けばいいよ、一瞬で灰になるから」

 こんな遠回りな言い方で、御剣の倒し方を人間たちに漏らすぐらいしか、僕にはできないわけだ。


 そんな自分自身が、ああ、心底恨めしい。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ