血と愛

□2:懐かしい男
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 吸血鬼は夜行性だ。
 だから日の入りと同時に目覚めて、日の出と共に眠りにつく。

 僕が、唯一『自分の時間』を手にできるのは、このほんの瞬きの間だけ。
 純粋な吸血鬼ではなく、途中から眷属にさせられてしまった元人間の僕は、どうやら中途半端な存在らしい。
 さすがに朝日や夕日を直接浴びる勇気は出ないけど、眠くならないから御剣よりも遅く、もしくは早く起きて動くことができる。

 だから僕は今日も、夕日が空を茜色に焦がして宵の明星が輝く頃、目を開いた。
 隣で眠る男の存在を忌々しく思いつつ、その腕の中から抜け出す。
 多少強引に振り解いたところで、ぐっすりと眠りに落ちている御剣が目覚めることはない。

 吸血鬼にとっての眠り、というのはどうやら、多少は夜更かしや早起きできる人間と違って、とても強烈な呪いみたいなものだと思う。
 例えどんな状況であっても、まるで糸の切れた人形のように、ガクンと眠りの世界に意識を飛ばしてしまうんだ。

 もちろん、眷属になってしまった僕も例外じゃない。
 ただ、どうにもその時間が、御剣よりもずっと短いだけ。
 このことを、御剣が知っているのかどうかは、わからない。

 だけど、知られたところでこの男にはどうにもならないだろう。
 だって吸血鬼である以上は眠る時間も起きる時間も、自分の意志でどうにかできる問題じゃないからね。
 だから、この時間だけが唯一の、僕が僕として行動できる貴重な瞬間だった。


 寝室を出て、真っ直ぐに玄関を目指す。
 正面玄関を出る直前で、扉に向かって声をかけた。

「居るんだろ、狭間」
「おう、居るぜ。成歩堂」

 扉越しに、応えはすぐに返ってきた。
 相変わらず僕の名前を呼び捨てにして、それが原因で昨日は追い出されたっていうのに、まったく懲りた様子はない。
 そのことが、また僕の唇の端を持ち上げて、喉からはくすくすと音が漏れた。

 ああ、どこまでも懐かしい男だなと、改めて思いながら。

「鍵を開けたから、入っていいよ」

 自分から外に出てしまえば、途端に夕日を浴びて砂と化すだろう。
 死を切望する絶望よりも強く、生存本能がこの意志を支配するモノになってしまった僕は、決して扉を自分から開けることができない。
 だから、相手と面と向かって話をするためには、内側から鍵を開けて入ってもらうことを待つしかないわけだ。
 まったくもって面倒なことだと、胸中で辟易する。

「邪魔するぜー。まったくお前の御主人サマは、相変わらずだよなぁ、昨日は真夜中に走らされて大変だったぜぇ」
「いやいやいや、お前の相変わらずさ加減には負けるよ。てか、あの後めちゃくちゃ大変だったのは僕だぞ」

 そう、腕の中で羽交い絞めにして暴れる御剣を抑えつけた僕は、あの後ずーっとひたすら、下僕としての在り方やら心構えやら所作やらを、延々と説教される羽目になったわけで。
 そのほぼ全てを右から左に聞き流す作業というのは、なかなか骨が折れるものだった。
 思い出して渋い顔をする僕の肩を、ポンと軽く叩いて狭間がけらけら笑う。

 仮にも冷酷非道で知られる吸血鬼の、眷属である僕だって一応は不老不死者だ。
 そんな僕に軽々しく触れてくるだなんて、この人間は本当に、真正のバカなのか、それとも稀代の大物なのかと胸中で呆れてしまった。

「まぁいいや、早くしないと御剣が起き出してまた厄介なことになる。これ、昨日の報酬な」

 言いながら胸ポケットから取り出した小袋を、無造作に渡せば狭間はますます上機嫌になる。
 今にも口笛吹きそうだな、とか思ってたら本当に吹いた。

「おーこれこれ。妙薬の結晶! これで三年はラクに遊んで暮らせるぜ〜」
「遊んで暮らすとか、お前いくつだよ。働け」
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