前途多難部屋
□専属相談窓口
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「…………。……で、僕に会いに来た、と」
「うム」
思えばこれが、大切な親友からの初めて受ける相談事だった。
来客対応用のソファーに向かい合うかたちで聞かされたその相談内容は、確かに深刻なものだったよ、うん、イロイロな意味で。
目の前で、途方に暮れた迷子みたいな顔して俯く御剣。
その唇から訴えかけられた、僕に会いに来た理由。
数日前に二人で飲んだ際、僕は酔ったフリしてこいつに抱きついた。
どうしてフリして抱きついたのかと言えば、それはもちろん、僕は目の前のこいつが好きで、そうしてこいつも自覚は無いだろうけど僕に好意を持っている、そう確信できていたから。
ついでに、『いい加減そろそろ自覚しろよ』っていう下心もあったことは認めるよ、うん。
そんでもって、その下心が通じたのかどうかはわからないけど、とにかく御剣はそれ以来、僕の顔が頭から離れなくて、動悸・息切れに苛まれてて、ここ最近は仕事にまで影響が出てきてるらしい。
だけど……それを心因性の病気か何かだと思っちゃうって、どうなの。
しかも、それをよりにもよって僕に相談するって。
うーん、鈍い鈍いと思ってはきたけれど。
まさかここまで天然記念物だったとは。
深刻だなぁ、と僕は胸中で溜め息を吐いた。
それから、にっこり笑って言ってやった。
「君が好きだよ」
そうしたら。
びっくりした顔で呆然とこちらを見つめてきて。
さぁ、どう出るの、口には出さないままそう問いかけた僕の目の前で、その瞳は徐々に生気を取り戻す。
「……そうか。そういうことだったのか! 成歩堂、私は君が好きなのだな!!」
難問に挑んで、ようやく答えがわかったと喜ぶ子供のような、無邪気な顔で笑った。
そう……、とんでもなく無邪気に。
「ありがとう、成歩堂! 私のこれはっ、病気でも何でもなかったのだな!! やはり君に相談して正解だった。本当にありがとう、それでは失礼するっ」
「え……えっ? ちょっ、どこ行くの…!?」
めちゃくちゃ嬉しそうに、御剣は僕に(誘導されてではあったとしても)告白してくれた。
そこまでは想定内だった、なのに。
嬉しそうな顔のまま、感謝の言葉ひとつ述べて立ち上がると、そのままくるりと背を向けて歩き出したもんだから、びっくりするのは僕の番だった。
いや、いやいやいやこの状況で出て行こうとするって、有り得ないだろ?!
笑って僕の答えを肯定しておきながら、その態度はどういうことだよ、こら!!
「どこ、とは……成歩堂、現在は平日の昼間だぞ。本来ならば私は、一分一秒をも惜しんで書類に目を通しているか、現場に向かっているかのどちらかなのだから。あるべき場所に戻るだけではないか」
当然だろう? 何をそんなに驚いているのか、なんて。
さっきまで俯いて顔を赤くしていた男とこいつは、本当に同一人物なのかと目を疑いたくなるほどの、それはいつもの御剣の表情、言い分だった。
「……、いや、うん……」
あんまりにも、予想外すぎた展開だったもんだから。
僕は開いた口から結局、否定と肯定のどちらともつかない音を出すことしかできなかった。
「感謝するぞ、成歩堂。君のお陰で、ここ最近のおかしな動悸、息切れの原因がわかった。今日からはそんなものに苛まれることなく、通常通り、いやそれ以上に仕事に打ち込めることだろう。ということで、今度こそ失礼する。ああ、無論。この次に訪れる時には最上級の手土産を持参していくので、楽しみにしていたまえ!」
ふははははっ、と、いつになくハイテンションで出て行ったその背中を、僕はただただ見送ることしかできず。
誰も居なくなった事務所でひとり、呆然とした状態から脱すれば、ふつふつと湧き上がる言いようのない怒りを噛み殺すことになった僕は。
その日、早々に仕事を切り上げて帰宅すると、不貞寝した。