前途多難部屋
□キミハボクガスキ。
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ここ最近の私は、変だ。
どうもおかしい。
いつものように書類に目をやるが、どうにも集中力が続かずに、我知らず溜息が口を吐いて出た。
無機質な字面の内容などひとつも入ってこない。
代わりに脳内を占めるのは、どうしたことか私が唯一法廷で負かされた相手、髪型と丸い瞳が特徴的な幼馴染の姿だった。
何故なのだろう。
数日前、成歩堂と一緒に飲んだのだが。
その帰りに、酔った彼に抱きつかれてからというもの、とにかく何を見ても何を聞いても、彼が思い浮かんで仕方がないのだ。
思い浮かんできたからといって、何だというのか。
少し前の私であれば、馬鹿馬鹿しい、さっさと仕事に集中しろと、己に言い放ったことだろう。
しかし。
しかしだ。
くるくるとよく変わる、その実年齢からはほど遠い幼い表情。
向けられる向日葵のような眩しい笑顔。
優しさが滲み出ているような声音で、私の名を呼ぶその唇。
「ヌぉお…っ、くっ、またか!」
心臓がぎゅっと鷲づかみにされたような痛みを訴え、激しい動悸に襲われ、書類など放り出して己の胸をドンッと叩く。
思い浮かんだその瞬間から動悸と息切れに苛まれ、仕事に集中できない、などという前代未聞のこの事態にこそ、私は狼狽し混乱していた。
このままでは、いけない。
心因性の病気にでもかかっているのかもしれない。
とにかく、成歩堂に会わなければ。
会えば、きっと落ち着く気がするのだ。
根拠のない思い込みだが、冷静さを失った私にはその状態がなにを指しているのかなど、考える余裕はなかった。
「……で、僕に会いに来た、と」
突然事務所に押しかけた私の、長く要領を得ない言葉に辛抱強く耳を傾けてくれた成歩堂は、腕を組んで少し考えるように首を傾げ聞いてくる。
彼を目にすれば冷静さが戻ってくると思っていた私の予想は見事に外れた。
その大きな瞳に私が映っているというこの事実に、足元から火がつきそうな感覚を味わいつつ「うム」と返すだけで精一杯。
なんという情けなさか。
背中からじっとりと汗が滲み出てくるのがわかり、得体の知れない悔しさに唇を噛んだ。
「えっとね、御剣。それはつまり、君は僕に会いたくてたまんなかったってことだよ」
「ム、それは確かにその通りなのだが。いや、私が言いたいのはだな」
「あー、ごめんね順番間違えた。つまり君ってば、僕のことが好きすぎてたまんないんだよね。そのようなアレの意味で」
…………。
絶句する私を前にして、彼はにこりと笑う。
あの、向日葵を思い起こさせる眩しい笑顔は、けれどどこか照れくさそうに赤く染められて。
「僕も君が好きだよ……そのような意味で」
と、言った。