短編倉庫
□休日シリーズ「夜」
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休日の夜。
だというのに、私は終わらぬ仕事を持ち帰り、書類に目を通していた。
「こういう時は、僕の淹れるまずーい紅茶で目を覚ませよ」
茶化すように笑いながら、そう言って彼が淹れてくれた紅茶は確かに渋かった。
成歩堂は法廷における天才的な集中力を、なぜか日常生活においてはその片鱗すら見せない。
不思議で仕方がないが、それもまた彼が彼たる愛すべき特徴だと思っている。
そう告げれば、君はまた赤面して紅茶も淹れてくれなくなってしまうだろうから、私は渋いそれを飲み干して書類へと向かった。
貴重な休日のひと時を、仕事で浪費してしまうことに申し訳なさを覚える。
だが、それこそそのようなことで謝罪の言葉を口にしようものなら、彼は怒ってしまうだろう。
お前が検事っていう仕事に誇りと信念を持って取り組んでること知ってるし、僕もそうだから。
そう言って、清々しく君は笑う。
「うム、君の紅茶は相変わらず目が覚める」
「あはは、褒め言葉をありがとう。あとどのくらいで終わりそう?」
リビングに設置された三人がけのソファ、テレビの前の定位置に座りながら、彼が顔だけこちらに向けて聞いてくる。
「そうだな…一時間というところか」
一分一秒でも早く終わらせたいが、かと言って手を抜くことはできない。
成歩堂の言う通り、私は私の仕事に誇りと信念を持っているのだから。
答えて時計を見れば、一時間後は日付変更線より少し前というところか。
良い子は深い眠りの中にいる時間だろう。
「そっか。じゃぁ、先に風呂入って寝るね。バスタオル借りるよ」
「ああ。すまない」
反射的に自嘲の響きを含んだ謝罪が口をついて出てしまった。
仕事が深夜までかかりそうな私に気を遣って、泊まることをやめようとした成歩堂を引き止めたのは、他でもない私自身だというのに。
「……ねぇ、御剣。僕、明日は昼までゆっくりまったりしたいなぁ」
自己嫌悪に陥りそうな私の思考を止めたのは、いつの間に近寄って来ていたのか、耳元で呟かれた彼の言葉だった。
「ム……?」
突然の話題転換に、顔を向ければ。
「だから何時になったっていいから、来てね」
待ってるから。
「……!」
頬に、彼の唇が軽く触れ。
脱兎の如く風呂に駆け込むその背中を、私は呆然と見送った。