片恋日和

□片恋日和_04
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 結論から言うと、矢張の話の内容は、フラれる以前の問題だった。

 完全なる片想い、相手は既に熱愛中の恋人が居て、矢張なんて眼中にもないらしい。
 よくもそんな、勝ち目のない相手を好きになれるもんだ、なんて冷めた目で見ていたら。

「成歩堂、お前にはきっと一生わっかんねーだろうなぁー、この胸をこう、きゅーぅっと絞られるような切なさってヤツが! たまんねーよッ、これが純愛ってヤツなのよッッ」

 恋人の居る相手に対して横恋慕することが『純愛』だって言われても……現実を見ろよ、としか言いようがないんだけど。
 ついでに、胸が締めつけられるような切なさは、違う意味で僕だって現在進行形で味わってるよ、なんて言えるわけもない。
 延々と語られる、出逢いから始まる壮大な矢張主人公の恋物語に、そろそろ辟易も通り越して砂になれそうだった頃。


「遅くなった。仕事がなかなか終わらなくてな。それで、矢張のフラれ話はどこまで進んだのだ」

 なんて言いながら、僕の胸を騒がせる元凶がやって来た。
 相変わらずパリッと紅いスーツで、颯爽と居酒屋なんて場違いな場所に佇んでいる。
 そこに居るだけで、スポットライトでも当たってるんじゃないかって思わせる存在感は、相変わらずだ。

「おー、御剣こっち。てか、成歩堂と同じようなこと言うな! フラれてねぇっつの!!」

 叫ぶ矢張に誘導されて、僕の隣にスーツを脱ぎながら座る。
 肩がもう少しで触れ合うような距離で、急に縮まった距離に焦る心臓が跳ねた。
 同時にふわっと鼻につく、整髪料と汗と何かの御剣らしい香りに、僕は一瞬息も止まる。

「ム、どうした成歩堂。モアイ像のような顔をして」

 どんな顔だよ。
 てかお前こそ、そんな涼しい顔してこっち見るな近い、近いから。

 そんな言葉はでも、ぐるぐると脳内を駆け巡るだけで、実際に口から零れたのは「お疲れ、遅かったな」だった。
 しかも棒読みに近い抑揚のなさで、すぐに矢張が「とりあえず生でいいか?」と聞いてくれなかったら、不審がられてこないだみたいな、変な雰囲気になってたに違いない。

「ああ。それと、いささか空腹なのでな、メニューをもらえるか」

 矢張の存在に本当に救われた。
 隣の男は一瞬だけ僕を凝視した後は、何も感じなかったかのように普段通り、淡々とメニューを見ていくつか注文する。
 その横顔は、相変わらずムカつくくらいに涼しげで、整っていて。

 思わずじっと見過ぎていたらしく、「なんだ?」と問われて慌てて首を振った。
 なんでもない、と言うかわりに、大袈裟に「いやいや、お前が来てくれて助かったよ! 矢張の話が相変わらず長くてさ」と、笑いながら言えば。

「なんだよ成歩堂ひでぇな! 俺が抱えるこの胸の愛しさと切なさと心苦しさを、話が長いで終わらそうとすんなよッ」
「ふム、矢張の話が長いのは、今に始まったことではなかろう。事件に巻き込まれたワケではなく、ただのフラれ話ならば右から左に聞き流しておけばいい」
「御剣の方がひでぇッ! てかフラれてねぇっつーのッ、なんだよナンだよ二人してっ、俺の片思いはそんなにツマラナイ話だってのかよぉおっっ」
「まぁまぁ落ち着けって。ああほら、生ビール来たよ。んじゃ改めて乾杯!」

 三人になった途端、会話がポンポンと走り出すのはいつものことだ。
 僕ら幼馴染同士、今さら気を遣うような仲でもないし、基本的に矢張が突拍子もないこと言って、僕らが二人でツッコミ入れる。

 うん、やっぱり僕らはこの距離感が丁度良い、心地いい。
 改めてそう思える、そんな飲み会を開催してくれた矢張に心の底から感謝していたら。

「まだフラれてもいなかったのか。だが、片想いとは……矢張にしては珍しいな。望みの薄い相手にそこまで執着するようなタイプではなかっただろう」
「あ、それ聞いちゃう? 聞いてくれちゃう?! だよなぁ、俺もホントそこはさぁ、もうこれ想定外ってヤツでさぁあ!!」

 うわ、と思った時には遅かった。
 御剣お前、どうして今日に限ってそんな、地雷をわざわざ踏むような真似を。
 そう思った次の瞬間には、あ、そういえばこいつも絶賛(僕に)片想い中だった…! と愕然とした。

 二の句が継げないでいる間にも、僕が既に聞かされている矢張の、自称甘くて切ない出会いから今日までの日々が語られていく。
 それをほぼ無言で聞いている、その横顔がどんな表情してるのか、僕はあまりにも怖くて見れなかった。

「俺だって、彼女の眼中にないことなんてわかってんだ。彼女にとって俺は、なんでも話せる友達ってヤツでしかなくて。でもなぁ、好きだって気持ちは抑えられるもんじゃないんだよ」
「……ああ、そうだな」

 たった一言。
 御剣が返したその声音は、ひどく平淡なものだった。

 だけど、注意深く聞いていた僕には、わかってしまった。
 その一言に、どれほど、真剣で真摯な、痛み入る同意の音が含まれているのか。
 この心臓が、ドクリと、大きく脈打ったのがわかるほどの、それは重たい一言だった。

「くうぅッ、御剣、お前はわかってくれるか?! 俺のこの、切ない胸の痛みが!!」
「キサマの胸の痛みがどれほどのものかは知らんが。……恋や愛というものが、楽しいものだけではない、ということくらいは」

 かといって、苦しいだけでもないのが、厄介なところなのだが。
 そう言って、ふぅと、溜息をひとつ吐いたその横顔を、僕は咄嗟に見つめてしまった。
 そうして、途端に後悔の波に襲われる。

 どこか遠くを眺めるように、まるでここではないどこかに、想いを馳せるその横顔は。
 静かで、綺麗で、なのにどこまでも、哀しかったから。


「……み」
「そう! そうなんだよな御剣ぃッ、お前と話が合う日が来るなんて思いもしなかったけどよ。もうこれは飲むしかねぇだろぉおお?!」

 御剣、そう声をかけようとした次の瞬間、矢張の声に掻き消された。
 でも、それで良かったのかもしれない。

 自分でも、名前を呼んだその後に、何を言おうとしていたのか、それすらわからないんだから。
 だから僕は、矢張にならうようにして、手にしていたビールをひと息に飲み干した。
 それこそ、気分は飲まなきゃやってらんなかったから。
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