片恋日和
□片恋日和_03
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散々考えても、結局は何も解決策が浮かばないまま、ただ日々が過ぎていく。
その間に、裁判所で何度かすれ違うことはあったけど、お互いに忙しかったこともあって、軽い挨拶程度の会話しか交わすこともなかった。
ちょっと前の僕だったなら、そのことに対して特別に何かを思うこともなく、「あいつも頑張ってるんだな。僕も頑張ろう」とか、そんな感想しか抱かなかったんだろうけど。
今は、「こんな立ち話じゃ、あいつも物足りないに違いない。きっと寂しがってるんだろうな、申し訳ない…」とか感じてしまって、またも脳内で「いやいやいやいやいや! なんだそれ?!」とか、自分自身へのツッコミが止まらない。
完全に毒されているというか……絆されている? 気がする。
そもそも、もうあのブログだって見ていないっていうのに、気にする方向性がおかしい。
悶々としたものを抱えた日々を、ぶち破るかのように事務所の扉が音を立てて開いたのは、もうすぐ夕方という時間帯のことだ。
「成歩堂〜〜っ、聞いてくれよぉおおお…!!」
第一声からして、今夜は長くなりそうだなぁと嘆息できるくらいには、長い付き合いの男が目前に迫る。
その目は今にも泣き出しそうなほどに潤み、唇をへの字にして今にも地団太を踏みそうな勢いだけど、全くもって可愛くない。
「あーもう落ち着け、ちゃんと聞くから。なんだよ、また彼女に振られたの?」
いまの彼女はエミちゃんだったっけ?
いや、リサちゃん?
「またってなんだよ、またって! その言い方だと俺がいっつもフラれてるみたいじゃんかよッ」
いや、いっつもフラれてるじゃん、という言葉は、さすがに喉の奥で呑み込んだ。
面倒くさいのが来たなぁ、と胸中で溜息ひとつ。
仕方がない、今夜はこのまま、こいつの愚痴をひととおり聞くしかないんだろう。
事件に巻き込まれて大騒ぎするよりは、好いた惚れたフラれたの話を聞く方が、まだマシだ。
「わかったよ、ちゃんと話聞くから。いつもの駅前にある店でいいだろ?」
あと十数分で定時だし、案件も今のところは落ち着いてる。
少し早めに切り上げることができるのも、個人事務所の特権ってやつだ。
まぁ……案件が落ち着いてるってのはつまり、財政的にはかなり厳しいっていうことなんだけども。
「くぅうッ、さっすが親友、話が早い。御剣も呼んでるし、さぁほら行こうぜ!」
ぐいぐい背中を押されつつ、聞き捨てならないセリフに足が止まる。
「は? ちょ、ちょっと待て待て! なに、御剣も呼んだって、あいつ来るの?!」
「おうよ! ここに来る前に、あいつに電話したからな。御剣のヤツ、最初は完全に無視してくれやがってよー」
あっけらかんと言われて、僕は開いた口が塞がらなくなった。
もちろん、幼馴染として三人で飲むことだって、今までにもあったわけで。
そんな飲み会を今夜また開催したとしても、決して不自然な話じゃない。
それでも、プライベートな時間に御剣と顔を合わせるというのは、今の僕にはまだハードルの高いものだった。
それなのに、目の前の男はどこか得意気に、ニヤニヤと笑う。
「三回目の電話でやっと出たと思ったら、忙しいだのなんだのゴチャゴチャ言ってよ。そのくせお前と飲むっつったら、即答で『仕事を片づけ次第そちらに向かう』だと。あいつホントお前のこと好きだよなー」
声だけでなく顔まで真似ながら語り、次の瞬間には爆笑。
僕としては、その放り投げるように告げられた言葉に、青くなればいいのか赤くなればいいのか。
結果として、閉口するしかなかった。
こいつが言葉にした「好き」に、特別な意味が含まれているはずもない。
そうとわかっていても、騒ぎ立てる心を落ち着かせることは、なかなかに難しかった。
実際、御剣はきっと僕も誘われることを知って、手のひらを返すように参加することにしたんだろう。
その事実は、でも今の僕にとってはとても、複雑な境地にさせるものでしかない。
いや、それはもちろん、嬉しいものなんだけど。
でも、この居た堪れない感じを、どう表現したらいいんだろう。
「そ、そうかな。まぁ、とにかく行こうよ」
ロクな返事もできないまま、背中を押されていた体勢を逆転させて、矢張と二人揃って事務所を後にした。
御剣は仕事が終わり次第の駆けつけ参加になるだろうし、それまでにとりあえず飲めるだけ飲んで、ちょっとした酩酊状態でいれば、少なくとも前回みたいなぎこちない雰囲気にはならずに済むだろう。
自分の気持ちと完全に向き合えていない今の状況で、御剣となんてまともに向き合えるはずもない。
卑怯だなんだと騒ぐ心の声が、聞こえないわけでもないけど、僕はひとまずそれを無視することにした。