片恋日和

□片恋日和_03
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「はいコレ。お前に」
「ム……これは、日本酒か?」

 執務室に通されるなり、挨拶もそこそこに手にしていたモノを突きつければ、少しだけ目を見開いた御剣。
 咄嗟に両手で受け取って、その重さと紙袋の隙間から覗いた箱の表面とで、すぐさまソレの正体に気づいたようだった。
 さすが、日本酒好きを公言しているだけのことはある。
 僕はそんな変なところで感心しながら、頷いてみせた。

「こないだ世話になったからさ。そのお礼にと思って」

 少し早口になったのはご愛嬌ってことで、気にしないでもらいたい。
 僕は無理やり貼り付けた笑みが不自然になっていないか、そればかりに注意を払いながら、言い募る。

「お前、日本酒好きだって言ってたろ? これ、前に行った店でも追加で注文とかしてたなって思い出してさ」

 半分は嘘だけどね。
 思い出したのは『追加注文してたな』って部分で、その日本酒の銘柄が何だったかなんて、そんな細かいとこまでは覚えてなかった。
 でもまぁ、御剣的には好きな日本酒がタダで手に入るわけだし、そんな悪い嘘じゃないと思う。

 この一連の流れを終わらせたなら、僕は今後一切、あのブログのことは決して思い出さずに記憶から消し去ると、心に誓っていた。
 そういう意味では、この贈り物を手渡すという今日この日は、とても大事な僕らのターニングポイントになる。
 かなり一方的なものだっていう、自覚はモチロンあったけどさ。

 さて、そんな気概の僕に対して、御剣はというと。

「……覚えていたのか。ニヤニヤとだらしなく酔っていたように見受けられたが、意外と記憶は確かなのだな」
「をい。第一声が真顔でソレかよ」

 ねぇ、ホントに脳内では歓喜してんの?! 
 と、またもやウッカリ聞いてしまいたくなるような、何とも薄い反応だった。

 何しろ、眉間のヒビはそのまま、視線も鋭くて唇の端っこも一ミリだって上がってない。
 耳が赤くなるわけでもないし、ソワソワと体が揺れるなんてことも、全くなくて。
 え、ナニこの一人相撲やってる感じ。
 僕の今日までの困惑と焦りと努力と、とにかくなんかそこら辺のモロモロ、ひっくるめて時間返せ! とか叫びたい無性に。

「まぁ、普段からガサツな君にしては、なかなかセンスの良い選択ではないか。先日の裁判では確かに、この私の協力がなければ、真実に至れたかどうか怪しいものだったからな。正当なる報酬として受け取ろう」
「うーわ、可愛くないっ!」
「君に可愛いなどと思われたくはないな」

 ああ言えばこう言う。
 え、ねぇコイツ本当に、僕のこと好きだとかブログで零してるヤツと同一人物?
 単なる僕の勘違いだったのかな?!

 一瞬だけでもそんなことを考えてしまうくらいには、いつも通りというか、緊張してた自分が馬鹿みたいだ。
 脱力感がハンパなくて、気が抜けてしまった心に少し、余裕が生まれたからだろうか。
 僕は気がつけば盛大に隠すことも忘れて、深い深い溜息を吐いていた。
 当然、目敏い御剣がソレを見逃すはずもなくて。

「疲れているのか? そういえば、心なしかやつれているような気もするが……私に対して無理をするなと口にする割には、自己管理がなっていないようだな」
「だっ……うるさいよ」

 咄嗟に「誰のせいだ!」とかツッコミそうになって、慌てて無難な言葉を返す。
 でもそれが、あからさますぎたのか、目の前の男は更に眉間のヒビを深くしてしまった。

「声に覇気がない。具合が悪いのならば、すぐに帰宅することだ。倒れても周囲が迷惑をこうむるだけだからな」

 副音声が欲しい、切実に。
 そんなことを、遠のきそうな意識の片隅で思う。
 これってアレだろ、思いっきり僕のこと心配してて、なのに口を開けば憎まれ口しか出て来ないっていう。
 どこまで不器用なんだよ、お前。

 色んな意味で目頭が熱くなってきて、僕は咄嗟に俯いた。
 本来であればすぐに、「お前にだけは言われたくないよ!」とか言い返して、それでお互いに気安い雰囲気を味わう場面だろう。
 それなのに、あんなに脳内シミュレーションしたくせに、僕は早くも色々な感情に翻弄されて、『いつも通り』の振る舞いができない。

 うう、それもこれもお前のせいじゃないかと、盛大に詰りたいけど、それをやったら全てが終わってしまうだろう。
 ぐるぐると廻る思考に気を取られていた僕はだから、不意に近づいてきた端整なその顔に、目を丸くして固まることになった。
 更にその右手がこの額にひたりと、音もなく優しく添えられたものだから、余計に。

「ふム、熱があるわけではないようだが……どうした成歩堂、顔が赤くなって」
「わぁあ! 何でもないってか近い!! 急に顔触ってくるとか驚くだろっ、驚いただけだよ…!!」

 言いながらバッと、その手を振り払って咄嗟に距離を取れば、対する御剣こそが驚いた顔をした。
 うん、明らかに過剰反応してるよね、そりゃ驚くよね、なんて脳内の片隅で理性は呟いていたけど。
 それでも、僕はバクバクと暴れまわる心臓と、とんでもない罪悪感とか焦燥感とかわけのわからない寂寥感とか、とにかくモロモロに振り回されていて。

「とにかく、それ渡したかっただけだから!」

 御剣の足元に置かれた紙袋を指さして一言、それから「んじゃまたなッ!」なんて言葉を口走りながら僕は、御剣の返事も待たずに。
 ここ数日の必死な脳内シミュレーションはなんだったんだと、言いたくなるほどの挙動不審さを晒しながら、脱兎の如くってヤツでその場から逃げ出した。
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