片恋日和
□片恋日和_02
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……あれ。
なんだろう。
なんだか前半部分のエピソードに、ものすっごく既視感というか、盛大に引っかかるナニカがあった。
…………幼馴染で、途中事情があって離れてて、十数年ぶりに仕事で再会して?
最初は疎ましがられて、手酷い言葉で追い詰められたりして。
でもそんな相手がとても困った状況に陥ってたら、厳しい状況に追い込まれながらも一生懸命に庇い、闘い、救い出した……記憶が。
僕にもあるんですけど。
「え、…え? いや、いやいやいやいやいや、ちょっと」
まっさかぁ。
まさか、ねぇ?
いくらなんでも、そんなことあるわけないだろ。
そんな言葉が、脳内をいくつもの疑問符と一緒に駆け巡る。
でも、それと同時に脇汗がドッと溢れ出してきて、もう一度確かめるようにその文面を追えば、僕があいつに放ったことがあるような気もする言葉たちが、あるわけで。
「だってお前は友だちだから……言ったな、僕も」
それから、「お前は迫力のある美人」だとか、「もっと感情を教えろ」とかとか……あいつに向けて、確かに言った覚えが、あった。
「……は、あはははは、いやいやいやそんな、偶然だろ、たまたま、もんっっのすごーぉい偶然だよ!」
誰に対しての熱弁なのかと聞かれれば、それはもちろん自分自身に対してだろう。
なんせそういうことにしておかないと、とんでもない事態に陥りそうなんだから。
だって、もし、もしもこのブログの主が、僕がよく知るあいつなんだとしたら、それはつまり……。
「あぁあああナイナイないない有り得ないッ!!」
脳内に浮かんだ『真実』に限りなく近い気がしないでもない想像を、僕はすぐさま頭を振って叫ぶことで追い出した。
大体、どこからどう見てもこの文章は女性が書いているものだし、あいつがこんな、自分の気持ちを代弁させるにしても、こんな手の込んだことするわけ……ないよ、な…?
そもそも、あいつが僕のことを、だなんて、ねぇ?
現実に起こるわけがない。
御剣怜侍という男は、いつだって冷静で冷徹で、仕事になれば親友が相手だって容赦なく追い詰めてくるような、そんな男だぞ。
傲岸不遜で、口を開けば可愛くない言葉ばっかり向けてくる、でもちょっと不器用なあいつが、僕のことを……だなんて、あるわけがないんだ。
だってそうだろう、僕は男で、あいつだって男だ。
ついでに僕は断じて、今の今まで同じ男を性愛の対象に見たことは、一度だって無いしこれからも無い。
御剣だってそうだろ、じゃなきゃオカシイだろ。
いやだから、そもそもこのブログ主と御剣とは赤の他人なんであって、決して同一人物なんかじゃないんだ、ないったらないんだって!
混乱と恐慌に陥りそうな脳内を、そうやって理屈をこねて宥めすかして、それから。
僕はとにかく、この女性と思われるブログの主が、決して御剣なんかではないことを確かめたくて、証明したくてプロフィール蘭をクリックした。
「名前だってほら……ほら、えと…絵に夢に亜…なんだこりゃ……エム、アル…さん? とにかくほら、女性っぽいし!」
たぶん、『絵夢亜留』と書いてエムアルさん。
明らかに女性がつけそう(?)な名前じゃないか。
ファンタジー漫画とかに出てきそうなキャラクターの名前っぽいし、あいつにこんな可愛いネーミングセンスがあるとは思えない。
あいつの名前は御剣怜侍であって、決してエムアルなんて名前ではな……ん?
いや待て、エムアル?
あいつの名前は御剣怜侍。
エムアル……?
「御剣怜侍……エムアル……エム、アール……御剣(М)、怜侍(R)…!?」
辿り着いてしまった答えに、またも驚愕と混乱が押し寄せて圧倒される。
いやいやいやいや、待て待てまだだ、まだ早いッ!
僕は頭をブンブンと振って、それからバリバリ掻き毟って、ついでに布団に頭を突っ込んだ。
冷静になれ、なるんだと自分に言い聞かせて、うーうー唸ってから、もう一度手にした画面を覗き込む。
プロフィールには名前の他には、何も、本当に何も書かれていなかった。
いっそ清々しいほどに素っ気なく、年齢も性別すらも。
「性別くらい教えろや!」
八つ当たりみたいに呟いて、僕はまたも頭を抱えた。
だってこれで『女』だなんて記載されていたところで、完全に心の底から疑念が払拭されることもないと、この時点でわかっているんだから。
たまたま、偶然……そんな言葉で誤魔化すための材料を探そうとして、ますます泥沼にハマっている気がする。
いや、でも。
「ふ、普通はさ、イニシャルって名前が先じゃん」
そう、だからあいつのイニシャルは『RМ』が正当であってだな。
でも、知られちゃいけない秘密の想いを公開している、という立場から、敢えて『МR』にしたってことも考えられるわけで……。
「うぅ……も、もうやめよう」
これ以上は考えちゃいけない。
見なかったことにしよう、そうしよう……そう思うのに。
それと同時に、僕は『次の記事』が気になって気になって、もうどうにもこうにも心も体も打ち震えて身悶えた。
だって『そんなわけない』んだから、続きを見たって構わないじゃないか、ていう声と。
これ以上は『偶然じゃ済まされなくなっちゃう』んじゃないか、と怯え混じりの声と。
なのにどこか、『真実が知りたい』という、貪欲なまでの好奇心旺盛な声がして。
僕は結局、一番大きな声に身を委ねてしまったんだ。
困惑と焦燥と、それから少しの罪悪感を持て余しながら。
僕は『次の記事を読む』ボタンに、そっと指を押し当てた。