彼の息子について。

□彼と私と、私の息子について。
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 貴方のことが好きなの、と。

 どこか上気し潤んだ瞳に見つめられながら、そう告げられた経験は、少なくない。
 その割に、いざそのような関係へと進めば、数週間ともたずに別れを切り出されるのだ。

 最初のうちは意味がわからず、彼女たちから告げられる、「こんな人だと思わなかった」などの言葉に考え込みもしたものだが。
 それが数年も続いてしまえば、『こんなものなのだろう』という諦念が頭を擡げ。
 来る者はある程度の選り好みはあれど拒まず、去る者は決して追うこともない、我ながら淡白な異性交遊を経てきたものだ。

 そのような私に、妙な対抗心を持つ者はいても、対等に向き合えるような同性の友人など、居るわけもなく。
 闇雲に犯罪者を憎み、異常なまでに完璧を目指していた私だ。
 親友などと呼べる存在は、それこそ「必要ない」と切り捨てていた。
 けれど。


 十数年ぶりに再会した、幼馴染の二人。
 特に成歩堂は、そのような私を良しとせず、何度距離を置こうとしても、決して諦めようとはしなかった。
 果てには私と対等に向き合うためにと、弁護士にまでなり、こちらの主張を真正面から否定してきたのである。

 信じられず、困惑し、そのようなこの心に揺さぶりをかけるその存在が、例えようもなく目障りで、必要以上に嫌悪した。
 いま思い返せば、随分と余裕が無かったものだと、どこか気恥ずかしささえ感じてしまうが。
 一言では語れない、紆余曲折を経て気がつけば、いつの間にやら親友と呼べる関係性が築かれていた。

 成歩堂龍一という男は、付き合ってみればどこまでも、私とは正反対の人間だった。
 よく笑い、かと思えば落ち込んだり怒って見せたりと、その表情はクルクルと動き忙しない。
 そもそも、在学中に司法試験合格を勝ち取れるほどの、頭脳の持ち主である。
 よく動くのは表情だけでなく、口を開けば闊達で機知に富む会話は、耳にとても心地良く、楽しめるものだった。


 そう、彼と過ごす時間は。
 私にとっていつの間にか、この上もなく特別で、大切なものになっていたのだ。

 だからこそ、「付き合ってらんない」と、「会いたくない」と言われたあの時。
 咄嗟に動けず、遠ざかる背を見送ることしかできぬほどには、衝撃を受けた。

 何故に怒るのか?
 どうして泣きそうだったのか?
 聞いても納得のいく返答はなく、あげく息子を咥えられ、かと思いきや先ほどの言葉である。
 まったくもって、意味がわからなかった。

 そもそも私と彼とは、男女の仲のように付き合ってなどいないはずだ。
 にも関わらず、どうしてあのような、過去に恋人とした女性たちから別れ際に向けられたソレを、言われなければならぬのか。

 私は大いに混乱し、困惑した。
 まともな人間関係を築いてこなかった弊害が、よもやこのようなところで顕著になるとは。
 どうしてよいのかわからず、一人悶々と悩んだところで、気が晴れることなど一度もなかった。


 そうして、その果てに、私は。







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