ソレが無いのは致命的!
□続:05
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「だって恋人なら、当然のことだろ?」
そう言われ、何かを期待するような瞳で見つめられたあの時。
胸中では「そう来たか」と、呆れと嘆息の中間で滲む感想を抱いた。
じっと見つめるその表情、言動に。
成歩堂のどこを見つめようとも、無情なまでに私が期待するような『覚悟』など、備わってはいなかった。
恋は盲目、それは確かに一理あるのだろう。
でなければ、眠る成歩堂の手を借りて淫らな行為に耽るなどと。
いくら酔っていたからとはいえ、あのような愚行に走れるものか。
先日の件にしてもそうだ。
疲労が限界に達していたとはいえ、迂闊すぎる彼に苛立ちを覚えて思わず、必要以上に追い詰めてしまった。
私らしからぬ、失態ともいえるそれらは全て、結局は成歩堂に対して抱くこの、浅ましくも根強い思慕ゆえ。
けれど同時に、こうも思うのだ。
受け入れられない想いを抱え、悲哀を噛み締め、それでも焦がれ続けることを己に許した人間というものは。
どこまでも、冷静に、冷徹になれる。
愛しい人間だからこそ、その言動に疑いを抱き、楽観視など絶対にできぬものなのだ、と。
そのような私から見れば、成歩堂から発された『恋人同士』発言は。
これまでの経緯を踏まえた上で咀嚼すれば、明らかに不自然すぎるものだった。
純粋に喜ぶことなど、決してできるわけもない。
そもそも、恐怖のツッコミ男と名高い彼は、どこまでも現実主義なところがある。
そのような彼が、私との関係性の変化について盛大に躊躇うのは、ある意味で当然のことなのだ。
同性同士での恋愛など、平凡な一青年として育ってきた彼としては、非常に受け入れ難いものであろう。
だからこそ、状況証拠は私への揺るがぬ好意を示しているというのに、往生際悪く認めようとしてこなかったのである。
そのような、彼が。
先日の控え室にて、一人残された後に何をどう思ったのか。
まるで手のひらを返したかのように、「チューもその先のアレもするのが当然だと思った」などと発言するとは。
この上もなく胡散臭く、別の意図があることなど、容易に想像がつくというもの。
何しろ、法廷以外で相対する時の成歩堂龍一という男は、嘘のつけない男である。
強く抱き締めれば、ほんの一瞬息を潜め、誤魔化せたと思ったのだろうか、その両手がこの背に回った。
彼が次に期待するのは、私とのそのような行為を目的とした触れ合いであることは、明白であったので。
唐突に体を離して、帰宅すると告げれば。
「え、は? 帰るの??」
この状況で?! という声なき声が、その表情からハッキリと聞こえる気がした。
思わず笑いそうになるところを堪え、努めて素っ気なく別れの挨拶を告げる。
バタンと閉じた扉の向こう側で、成歩堂の困惑と非難の混じった情けない声を聞きながら。
さて今後どうするべきかと考えを廻らせた。
あれほど頑なに『親友』という関係性に拘る男が、どういうつもりなのか、私とのそのような行為をしたいらしい。
それは何故なのか。
ロジックを組めば真相は、数秒もしないうちに見えてくる。
つまり彼は、同性同士であるが故の身体的弊害を理由に、私との関係性を正そうとしたいのだろう、ということが。
そこまで思い至れば、この唇からはくつりと、昏い笑みが零れた。
どこまでこの想いを軽んじれば、気が済むのだろうか、あの男は。
可愛さ余って憎さ百倍、という言葉にピタリと当て嵌まる感情が、生まれて初めて胸の内でとぐろを巻いた。
同時にあまりにも切なく、キリキリと心臓の辺りが締めつけられるような、痛みが走る。
彼が幸せならばそれで良い、などと。
綺麗な感情だけを向けられていた、あの頃の想いは確かにここに、あるというのに。
それだけでは足りないと叫ぶまでになった、己の醜い貪欲さから、目を逸らすことなどもう、できはしないのだ。
その事実が、この上もなく哀しく、痛かった。
成歩堂の望む『親友』になど、どう足掻いても戻れそうにないことが、たまらなく。
ならば、突き進むしかないではないか、と。
どれほど傷つけ、傷つくことになろうとも。
後戻りなど、できはしないのだ、彼も私も。
恐らく、これまでの傾向からして彼は、どうやらこちらが逃げると追いかけたくなる性質の持ち主らしい。
親友だから、という言葉を免罪符に、私の気持ちなど考えもせず。
それならば、私がこれから進むべき道はひとつだ。
方向が定まれば、もう二度と胸も痛まない。
成歩堂が望んだ道でもあるのだ、遠慮なく進ませていただこう。
その先にある彼の『目的』に関しては、全力で阻止する方向に走るつもりだが。
「……良いだろう。頭で考えている限り、認められないというならば。その体でじっくりと、時間をかけて、決定的な証拠を。突きつけてみせようではないか」
自宅へと向かう車中にて、ハンドルを握りながら呟いた。
そのような私の決意表明は、無論彼に届くことはない。
けれどそれは、決して。
消えることなくこの胸に、熱い塊となって確かにここに、あるのだ。