ソレが無いのは致命的!

□続:04
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 君の正直な気持ちを教えてほしい、と言われたあの朝。

 喉元まで出かかった言葉は、だけど決して音にはできなかった。
 だってこれ、ぶっちゃけたら絶対に駄目なヤツだろ。

「勘違いしないでくれ。昨夜は酔ってて言葉が足りてなかったんだ」

 とか。

「お前のことは好きだけど、あくまで親友としてであって、恋人になる気はサラサラないから」

 とかとか。

 口にしたらその時点で、僕はとんでもない人でなし確定だ。
 ただでさえ、御剣に対して不誠実な振る舞いをしてしまったっていうのに。

 酔っ払って彼のスーツを悲惨な目に遭わせた上に、意識を失った僕を。
 自宅まで連れ帰ってくれて、かつ僕のスーツまで一緒に洗ってくれた人間に対して。

 更には朝食まで用意してくれちゃった男を、フる、とか……いくらなんでもあんまりだ。
 御剣じゃなくたって、「死を選ぶ」とか言い出したくなるだろう。
 どうしようどうしたらどうすれば。
 そんな言葉ばかりが、グルグルと脳内で駆け回って、まともな判断なんてできるわけもない。

 焦りと不安と自分の迂闊さに追い詰められながら、僕は必死で考えた。
 御剣と親友に戻りたいだけなのに、事態は最悪の方向に全力疾走な勢いで。
 御剣の想いに応えることなんて、これから先も有り得ない……そう思うのに、現状はそれを口に出すことすら許されないとか。


「ああもうチクショウこれから宜しくな…ッ!!」

 破れかぶれにそう叫んで、ガックリと項垂れる以外に、僕に何ができたっていうんだ。
 仕方がない、仕方がないんだと、ただひたすら自分にそう言い聞かせて。
 ウッカリ涙が滲まないように、ぐっと唇を噛み締めなくちゃいけなかった。

 そんな僕に対して、目の前の男は無情にも「顔を上げろ」なんて言ってくる。
 ハッキリ言ってその顔を、直視するのは辛かった。
 その想いを今この瞬間にも裏切っている人間に対して、だけど御剣はどこまでも嬉しそうな表情で真っ直ぐ、見つめてくるから。

「こちらこそ、宜しく頼む」

 ふわっと、滲むような、微笑。
 僕には何故だか花が舞っているかのように見えて、そんな自分の視覚に気持ち悪さを覚えた。

 慌てて視線を逸らして、とにかくこれからのことを考える。
 心底、途轍もなく、全くもって遺憾ながら。
 御剣と僕は『チューもする親友同士』から、イワユル『恋人同士』へとチェンジアップしてしまったわけだけど。

 さてこの状態から、どうやって親友同士に戻るべきなのか。
 ……無理だなんて弱音は、口が裂けたって吐かないぞ。
 僕は諦めの悪い男なんだよ、ホモでもないし、御剣の想いにはやっぱりどう考えても応えられないんだから。

 今は自分のウッカリさに嵌まって、御剣の恋人にウッカリなってしまったらしい。
 もうここは仕方がない、現実を受け入れよう。
 状況的に今は、戦略的撤退を余儀なくされている。

 でも大事なのは今からだから。
 これからどうなっていくかだから…!

 そんな、諦めの悪さを自分で再確認しながら、御剣の家を出ようとした、その時。
 後ろから名前を呼ばれて、僕はやっぱりウッカリ無防備に、振り返って、しまった。


「口づけは会ったその日に最大一回、だったな。今ここで、その機会を得たいのだが」

 それは確かに、紛れもなく僕が発した提案だったよ、だったけど。
 不意打ちはやめてくれって、言ったじゃないか。
 いや、事前に許可を求めてきたわけだから、不意打ちではないと言われればそれもそうなんだけど。
 心情的には全然、まったくもって納得できない。

 返答に窮している間に、否応もなく距離を詰められて、気がついたら壁ドン再び。
 する方だって経験したことないのに、同じ男からされる側になるとか、ナニこの泣けそうな現状。
 閉口する僕を、壁際に追い詰めておきながら、だけどこの期に及んで御剣は。

「駄目だろうか…?」

 とかさぁ。
 切なげな掠れた声で、不安そうに囁くとか。
 心臓がギュッと握られたみたいに痛んで、僕は本気で泣けそうになった。

 いやホントまじ勘弁してくれ…!

「だ、駄目……じゃ、な、ない…けど……ッ」

 本当は心底から「駄目に決まってんだろ!」とか、叫べるものなら叫びたい。
 ああもう、本当にどうしてなんで、こうなった。
 自分でも往生際が悪いなとは思う、思うけども、足掻かずにはいられなくて。

「じ、時間! 今はホラ時間ないから……っ…!」

 言い訳は空しくも、御剣の唇によって遮られた。
 都合三回目となる、この瞬間。
 僕の心臓は究極的に跳ね上がり、息もできない。

 時間にすれば二秒ぐらいだったんだろうけど、僕にはもうとんでもなく長い時間に感じて。
 解放された時には、もの凄い罪悪感と居心地の悪さに苛まれた。
 御剣の顔なんてとてもじゃないけど直視できなくて、とにかく脱兎の如くってヤツで僕は。


 ただ逃げ出すことしか、出来なかった。
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