ソレが無いのは致命的!

□続:02
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「つまり君は、親友でありながら口づけを交わすことに、違和感を抱いている、ということなのだろう?」


 表現が微妙に、違うような気もしたんだけど。
 いよいよ話が望む方に動いた気がして、僕はこの機会を逃すまいと、何度も頭を縦に振った。
 酔いが回ってクラクラしたけど、そんなことに構ってはいられない。

 そうなんだよ、『親友としてずっと一緒に居たい』んだよ、っていう意味を込めて、勢いよく頷く僕。
 だけど気づいていなかったんだ。
 ……自分が首肯するだけで、ただの一言もその考えを口にできていなかったって、ことに。


「実は私も、不安だったのだよ。このような関係で良いのだろうか、と。いくら君からの許可があってのこととはいえ、口づけを交わす私たちはもはや、親友などとは呼べないのではないか、と」

 けれど、それでも君への想いは止められなかったのだ、と。
 どこか切なげに溜息を吐く、その苦悩を抱えた表情に。
 僕こそがギュッと心臓を掴まれたような痛みを感じて、たまらなくなった。

 ああ、そうだよな。
 御剣だってちゃんと、わかってたんだよな。
 僕と同じで、いやそれ以上に、悩んでいたのかもしれない。

 そう思ったら、それだけで再び泣けそうで。
 涙が零れないように、必死にならなきゃいけなかった。

 そんな僕の握り締めた手に、御剣の手が上から被さった。
 かと思ったら、ぐっと手を開かれて、まるで手を繋いでいるかのような形になる。
 繋がった手から腕、肩から顔へと視線を向ければ。
 そこにはどこまでも真剣な、生真面目な表情の御剣が、じっと僕を見つめていて。

「君も、私と同じ想いであったと、そう解釈して良いのだな?」
「うん、そう! そういうことなんだよ!!」

 向けられた言葉に対して少し被り気味な勢いで、僕は力強く頷いた。
 頷いてしまったんだ、その『御剣の想い』とやらが、一体どういうものなのかってことを、確認もしないで。


 どうしようもなく、とんでもなく、覆しようもなく。
 酔ってしまっていたんだ、この時の僕は。

 途端にギュッと握った手に力が込められて、だけどその強さが本当に心地良くて。
 ああこれでようやく、僕らは友人関係に戻れるんだと、そう信じて疑わなかったから。
 嬉しくて顔がニヤけてしまって、きっとこの時の僕の顔は、この上もなくダラシナイものだったに違いない。

 だけどすぐ近くの御剣が、同じように嬉しそうに、頬を薄っすらと染めながら微笑してくれて、ますます頬の筋肉は緩んでいくばかりだった。
 天にも昇る気持ちってのは、きっと今この瞬間のことを言うんだ、なんて。
 そんなことを思った、その時。


「では、今後の私たちの関係性は、親友ではなく恋人同士ということか……夢のようだな」
「うんっ……は、…………へ?」


 ウッカリしっかり頷いた、その後になって言われた言葉の意味を理解した、僕は。
 あれぇ? とその違和感に首を傾げた。

 ……えーと。
 うん?

 シンユウ、デハナク、コイビトドウシ…??

 酒で鈍った頭でも、さすがにスルーできなかった。


「な、……なんだってえぇえええええ??!!」

 ガタッと音をたてながら、その場から立ち上がった僕は、だけど。
 酔いの回った体で急に動いたからだろう、クラッと強烈な目眩に襲われて、その場で倒れそうになった。

「危ない!」

 御剣の力強い腕が、咄嗟に支えてくれなかったら、きっと床にぶっ倒れていたに違いない。
 例えそれで、体がさっきよりずっと密着した状態になってしまったとはいえ、こちらとしては感謝の言葉を述べるべきなんだろう。
 なんだろうけど。

「まったく君は……先ほど飲み過ぎていると忠告しただろう。大丈夫か?」

 至近距離から顔を覗き込まれて、ぎゅっと背中と腰を抱かれた格好で、その状況にますます脳内はパニックに陥った。
 目が回る、グルグル回る。

 視界はどうしてか照明の赤色がどんどん増殖していって、耳鳴りまでが僕を襲う。
 足元から全身の力の全てが奪われていくようで、ぐったりと御剣の胸に体を預けることになった、僕は。

「おい、成歩堂。しっかりしたまえ」

 その肩口に顔を埋めて、抱きとめてくれる男の整髪料かなんかだろうか、ひどく爽やかな香りを嗅ぎながら。


「ううう……吐く…!」
「?! ちょ、ちょっと待て、成歩堂それは待てっ、トイレまで我慢しろッ!!」

 自慢のスーツが晒されている危機を、どうやら察知したらしい。
 普段から鍛えているんだろう御剣が、僕を支えながらであっても素早く足を動かして、店内のトイレを目指す。

 けどそれは結果的に、僕にとっては密着した体から、容赦なく振動が伝わってくるものだから。
 胃から競り上がるものが、問答無用かつ記録的な速やかさで、喉元を逆流していって。


「もぅムリぃう゛ぉ゛え゛ぇえええ」
「ヌぉおおおおおお…ッッ!!」


 あと一歩で便器、ってところまでは頑張ったんだよ、と。
 誰にともなく弁明しておきたい。
 努力はしてたんだってことを、知っておいてくれないか。

 モチロン、どれだけ言葉を繕ったって。
 どんなに言い訳を並べたって。
 真実は変わらないんだけどさ。

 御剣の悲鳴と雄叫びの中間みたいな声を背景に。
 赤い彼の戦闘服はものの見事に、つまりはまぁ結局その。


 ……被弾した。
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