ソレが無いのは致命的!
□続・ソレが無いのは致命的!:01
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「ム、本物か。何故ここに?」
そんな言葉と一緒に頬を撫でられて、いつの間にか随分と近くまで寄っていたことを自覚した。
机を挟んでいるとはいえ、間近でその怜悧な瞳に見つめられると、後ろめたいことなんて何もないはずなのに、ちょっと緊張してしまう。
それがなんだか悔しくて、僕は大袈裟に「触ってやっと認めるとか、どんだけだ」と呆れてみせた。
「見てのとおり、目の回る忙しさでな。君と違ってうたた寝もできていないのだ」
「ナチュラルに僕がヒマを持て余しているような表現すんなよ」
「事実を述べただけではないか。そのようにすぐ目くじらを立てるようでは、図星を指されて焦っているようにしか見受けられんぞ」
ああ言えばこう言う。
数秒の睨み合いの末に、まるで空気が抜けるかのように、どちらともなく笑い声が漏れた。
「忙しいところごめん。前に借りてた参考資料、ちょうど近くまで来る用事があったから、ついでに返そうと思って」
言いながら手渡せば、御剣もソレのことを思い出したようで。
「そういえば貸していたのだったな」
なんて言いながら受け取った。
席を立って、手にした資料を棚に戻す様子も、「役に立ったのなら良かった」なんて言ってくるその顔も、普段通りすぎて。
僕は胸中でこっそりと、でも盛大にホッとしていた。
ああ良かった、ちゃんと親友としての会話だ。
そう思えたら、この数日間の悶々とした気分がいっきに晴れて、とても清々しい気分になれて。
「どうした成歩堂、いきなり締まりのない顔をして。言っておくが今は君に紅茶を振る舞う余裕はないぞ」
「え? ああ、うん、いやいやいやそんな。別に紅茶目当てで来たわけじゃないから」
というか抱えていた問題が解決して、むしろ僕が一杯オゴリたいくらいの心境だよ。
今ならスキップしながら帰れそうだ。
「ホントに、それ返しに来ただけだし。お邪魔しちゃって悪かったな。今度また落ち着いたら飲もうよ、連絡するからさ」
言いながら、扉に向かった僕と一緒に、御剣も連れだって歩く。
あれ、こいつも外に用事でもあるのかな?
なんて思いつつ隣の男の様子を見れば。
「うム。あと一週間ほどもすれば、ひと段落つくだろう。連絡を楽しみにしている」
そう言って、スッとその手がドアノブに伸びる。
ああ、もしかしてこれは、僕のために扉を開けてくれようとしているらしい。
何だかくすぐったいような気持ちで、「うん、じゃぁ」なんて。
軽く笑って立ち去ろうと、したのに。
立ち去るどころか、その場に縫いとめられた。
御剣の唇が、僕の唇を覆うっていう、衝撃的な事実(二度目)によって。
「……っ、ん、んんーー!?!?」
あまりにも唐突すぎる展開に、脳がついていかなくて反応が遅れた。
その隙を突くように、ドアノブを触っていたはずの御剣の手は、いつの間にか僕の腰と背中に回されて。
抵抗しようにも、背中は固い扉に押しつけられるような格好で、これはアレだ。
ほらアレ、ひと昔前に流行った壁ドンならぬ扉ドン…?
そんな現実逃避じみた思考は、だけど押しつけられた唇の感触と、抱き締められて触れ合う個所から伝わる御剣の熱に、グズグズと溶け出して最終的に何も考えられなくなる。
ああダメだ、絶対にこれはダメだ。
心臓が爆発しそうなくらいに鼓動を速めて、警鐘が鳴りやまない。
時間にすれば数秒にも満たない、そんな短さだったのかもしれないけど。
音もなく離れていく御剣の唇を、凝視する僕の体はすっかり固まって、声も出せなかった。
そんなこちらをよそに、だけど元凶であるはずの男は。
「驚かせてしまっただろうか……どうにも抑えが利かなくてな。わざわざ君の方から、私に会いに来てくれたのだと思うと」
スル、とその手がこの頬を撫でていく。
壮絶な色気を放つ吐息と一緒に、「嬉しいものだな……」なんて言葉を。
滲むような笑顔で、言われて。
僕に何が言えるだろう。
ただただ、その顔を唖然と見つめながら「ああ、うん、そう…」とか、自分でも意味不明な相槌しか、出てこなかった。
「お陰でこれからの仕事が捗りそうだ。現金だと笑ってくれて構わない。自分でもそう思うのだからな」
シレッと言いながら、今度こそその手はドアノブを回して、扉を開ける。
そうして、僕の背中をトンと押した。
「気をつけて帰りたまえ」
「……うん」
そうして、僕は御剣の執務室を後にして。
呆然としつつも、足は自然と動いて気がつけば検事局を出ていた。
信号待ちのところで赤い光をボンヤリと眺めて、それから。
「……、……違うだろぉおおおおお…!!!!」
擦れ違う人たちからの視線なんて、気にしている余裕もなく、両手で顔を覆って僕は。
盛大に呻いた。