ソレが無いのは致命的!
□裏:05
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「な、にを…」
「君には無理だろう…? 私からの口づけを、受け入れることなど。だが、私は君と一緒に居れば、結局はこのような欲求を抱く。親友などといったところで……」
健全なる性的嗜好の持ち主である成歩堂が、私を恋愛対象として見ることなど、万に一つもないことはもとより承知しているのだ。
今まで通りの関係性でいたいと言われれば、甘美な誘惑に頷きたくなるのはこちらだが、どうせ長くは続かない。
お互いに無理が生じるのは、火を見るより明らかなのだから。
少なくとも、私はそう思っていた。
……いたのだが。
少しの間、俯き沈黙のなかにあった彼は、何を思ったのか顔を上げると。
真っ直ぐに私の顔をじっと見つめてきた、次の瞬間。
信じられない言葉を、紡いだのである。
「わかった! キスしよう御剣っ」
「……、…………は?」
唖然呆然とはまさにこのこと、と言いたくなるほどには、驚愕に襲われた。
いま、彼はなんと言ったのか。
キスしよう、だと…?
何を言い出すのだ、成歩堂。
気でも狂ったか、はたまたお得意のハッタリか。
ぐるぐると思考は目まぐるしく廻るが、唇からはいずれの言葉も、音として出すことは叶わなかった。
閉口するこちらをジッと見つめるその瞳には、冗談の色は無く。
だが、かといって甘い雰囲気の欠片も無い。
そのことが、この上もなく不気味に思え、一体どのような思考経路を辿ればそのような結論に至るのか、見当もつかなかった。
そのような私の様子を尻目に、彼は得意気にその胸を張り。
そうして……素晴らしく斜め上に達した『妥協案』を、提示してきたのである。
御剣は僕にそのようなアレの意味で触れたい。
僕は御剣と親友でいたい。
だったら、その中間地点で、お互いに妥協すればほら、円満解決。
「さすがに抱く抱かれるとかは無理だけど、キスくらいなら我慢できるよ、大丈夫だ。チューひとつ受け入れるだけで今後も親友として一緒に居られるなら僕は、喜んでその唇を受け入れてみせようとも!」
そう、意気揚々と、ふてぶてしくも清々しい笑みと、ともに。
その、稚拙すぎるにも程がある言い分を、見事に言い切ってみせたのである。
その言葉を聞くにつれ、私は激しい頭痛と目眩に襲われるような感覚を味わった。
思わず片手で顔を覆い、がっくりと盛大に、隠す気もなく項垂れる。
心底、襲い来る疲労感に苛まれていたからだ。
成歩堂の、その言い分は。
どう考えてもおかしい。
私とはあくまでも親友という関係性でいたい、そう断言するその同じ唇で。
キスだったら受け入れられる、などと。
自分が口にしていることの大いなる矛盾に、どうして気づかないのだろうか。
そこまで考え、ビリリと。
私の脳内には瞬間的に、閃光が走った。
そうして、再会してから今日に至るまでの、数々の彼と交わした会話、態度や言動がまるで走馬灯のように駆け巡る。
少なくとも、ただの友人以上には好意を寄せられている、そのような自覚はあった。
だが……最初から。
向けられた全てを証拠として照合し、ロジックを構築していくならば、そこに見えてくる真実は。
たったひとつでは、ないのか。
「成歩堂、君は……」
普通に考えれば、最初から有り得ないことだったのだ。
あの夜の行為を、水に流すなどということ自体が。
私は彼に、あのような犯罪行為を行ったのだから、その時点で交流は途絶えてもおかしくはない。
だというのに、彼は私を許し、あまつ「キスくらい我慢できる」と、その体に触れることすら許したのだ。
何故、許すことができるのか。
どうして、「二度と会わない」と言った私を、こんなにも必死に止めるのか。
答えは、至極単純なことではないか。
彼が。
成歩堂が、私を好きだからだ。