ソレが無いのは致命的!
□裏:03
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あっという間に一ヶ月が過ぎ去ったが、私は相変わらずの日々を送っていた。
当然の如く、成歩堂からの連絡はない。
裁判所等で見かけることはあったが、すぐさま彼の視界には入らないよう動いたため、顔を合わせることもなかった。
このまま、私と彼の関係性は途絶えていくのだろうと、なんとも寂しい未来を諦観する。
他愛もない会話を交わし、笑い合うあの日々どころか、もう二度と二人きりで話す機会さえ、訪れることはないのだろう、と。
そう、思っていたというのに。
外出先での仕事を終えて、自身の執務室に戻る、その途中で。
いつもの青いスーツを着た彼が、佇んでいたので驚いた。
ふと顔を上げた彼と、まともに視線が絡み合い、この足はまるで石像にでもなってしまったかのようにギシリと、固まる。
しっかりとこちらを見つめ、ぎゅっと引き結ばれた唇は、以前のように綻ぶことはない。
だが、彼にしてみれば忌むべき存在と成り下がったはずの私は、その瞳に真っ直ぐ映っていた。
途端に居た堪れなくなり、その視線から逃れるように俯く。
重い足を叱咤して動かし、その体の横を通り過ぎようと、したのだが。
先回りされ、更に驚愕した。
久しぶりに近距離からその顔を見ることとなり、そこに、この上もない怒りの色を発見する。
そうすれば、この胸から全身にかけて、冷や水を浴びせられたような痛みが走り、凍りついた。
ろくな反応もできず固まる私に対し、けれど、成歩堂、君は。
「仕事終わったら、あの店に来い」
そう、苛立ちを隠しもしない声音ながら、言うので。
思わずまじまじと、その顔を呆然と見つめてしまった。
いま、彼はなんと言ったのか。
あの店、とは……ロジックを少し組み立てれば、一ヶ月前に二人で飲んだ、あのバーのことで間違いはないのだろう、けれど。
「……」
店に来い、とは。
つまりそれは、あのような裏切り行為を犯した私と、言葉を交わすつもりがあるという、ことなのか。
……到底、信じられない。
一体、君は何を考えているのだ。
混乱する脳内では、円滑に思考回路を動かすことができず、ろくな反応もできない。
そのような私に、苛立ったのだろう。
「わかったら返事!」
怒鳴るように言われ、胸の痛みが増した。
ぐっと唇を噛み締めて耐え、それからようやく掠れた声で了承の意を伝える。
そうすれば、すぐさま彼は踵を返し、もう用は無いとばかりに立ち去って行くのだ。
想像もしていなかった展開に、思考がついていけず、私はその遠ざかる背中をただ、見つめることしかできなかった。
目まぐるしく思考は回転し、状況の把握と彼の思惑を推測する。
二度と二人で話す機会など訪れない、という前提が覆されたのだ。
これは、一体どういうことだろうか。
彼は確かに怒りを湛えた瞳で、私を見ていたし、声音にもそれは滲んでいた。
だというのに、それでもなお、この罪深い私に、謝罪の機会を与えるというのか。
どこまでもお人好しな男だと、常々思ってきたし、直接言ってもきたが。
いまはその気質に呆れを通り越し、そろそろ目眩がしそうだった。
私は、許してもらいたくなど、ないのだから。
あの行為の、意味するところを。
彼が許してしまえば、『無かったこと』になってしまうではないか。
私には、到底、無理だと思った。
この想いをこれ以上、無視し続けることも、成歩堂の親友として、傍に居続けることも。
顔を上げ、のろのろと重い足取りながら検事局へと向かう。
今日中に終わらせねばならぬ仕事を、いかに効率よく捌くか考え、一刻も早く彼の待つ店へ行こうではないか。
この上もなく詰られるだろう、責められるだろう、そうして果てには笑って許そうとしてくれる、彼に。
さよならを、告げるために。