ソレが無いのは致命的!
□裏:02
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二人してタクシーに乗り込めば、数分もしないうちに彼の体はズルズルと脱力し。
「世界がまわるー」
などと言いながら私の体に凭れかかってきた。
酔いが一気に回ってきたのだろうと、今夜は諦めて自宅に帰るよう促すが、返って意地になってしまったらしい。
「やだ! 大丈夫だよ、ちょっと足腰立たないだけだよ、御剣んち行くんだもん!」
などと、子供のような口調で言いながら、肩にぐりぐりと顔を擦りつけてくるではないか。
こちらの気も知らず、なんと罪作りな男だろう。
できることならば正座させて、小一時間ほど説教したくなったが、そこは天下の酔っ払いである。
何をどう言い募ったところで、ヘラヘラと笑われて終了だった。
タクシーから降車し、部屋に運ぶ間もその足取りは危うく。
「成歩堂、歩けるか? 自分の荷物を忘れるなよ」
「はーいはい、歩ける歩ける。鞄だろー? ちゃんと持ってるよ、御剣お母さんみたいだなーあはははは」
口だけは達者ながら、どう見てもその足は機能を果たしそうにない。
ふらふらと今にも倒れそうな不安定さを目にし、咄嗟にその腰を支えるようにすれば、意図せず密着した体はその熱を伝える。
「君はどう考えても子供ではないな、酒臭いし可愛げもない。このうえ私の家に押しかけるというのだから」
嫌味を多分に含んだ言葉は、彼の体温をすぐ傍で感じなければならない現在の己に対して、冷静さを失わぬようにと発したものだったのだが。
けれど完全なる酔っ払いと化した彼には、露ほども伝わりはしないのだ。
「へへ、お邪魔しちゃうよー。いーじゃん御剣、これはアレだよほら、お持ち帰りってヤツだね!」
無防備に寄せられた体とその顔の近さ、あげく『お持ち帰り』発言である。
己の理性が擦り減っていくのを、如実に感じていた。
少し乱暴にその体をソファに降ろしたところで、抗議の声はあがらなかった。
その顔を見れば、むしろどこまでも気持ち良さそうに寝入っている。
ふぅ、と遠慮なく盛大に溜息を吐き、それから次の行動をとるべく寝室へと向かった。
そこから毛布を持ち出し、寝そべる彼の体にかけてやる。
ソファの上では寝苦しかろうとも思ったが、かといってこれ以上の無用な接触は避けたかった。
ましてやベッドはひとつしかないのだ。
大の男が二人して寝転ぼうと、問題のない大きさではあるが、私自身に大いなる問題がある。
彼自身のためにも我慢してもらおう、そう思い、せめて熟睡できるようにと部屋の照明を最小限に調整した。
そうして。
月明かりと薄明りのもとに浮かび上がる、彼の寝顔に、ふと。
見惚れた、私は。
……つと、引き寄せられるようにその頬へと、手を伸ばしてしまった。
そっと触れれば、その頬は赤らんではいるものの、少し冷たく。
けれどしっかりとした弾力のある肌だと、知れる。
ふに、と指を押し返す抵抗感が面白く、しばらくは遊ぶようにその頬から鼻、額へと指を押しつけていた。
うぅん、と少し唸るものの、眠りは深いのかその瞼が開くことはなく。
そのことに気をよくしてしまった、私は。
少しずつ、指先で触れるのではなく手のひら全体で包むように、その頬から首、鎖骨へと範囲を広げた。
それでも、成歩堂は目を覚まさない。
この事実に。
ふと、思いついてしまった。
今なら、今この時ならば。
私の好きなように、彼に触れることができるのではないか、と。
それはきっと、悪魔の囁き以外の、何ものでもなかったに違いない。
振り返ってみればすぐにでもわかる、なんとも単純な罠に、けれど私は易々と嵌まってしまったのである。
成歩堂に負けず劣らず、私とて、酔っていたのだ。
……言い訳にもならないが。