ソレが無いのは致命的!

□裏:02
3ページ/3ページ


 二人してタクシーに乗り込めば、数分もしないうちに彼の体はズルズルと脱力し。

「世界がまわるー」

 などと言いながら私の体に凭れかかってきた。
 酔いが一気に回ってきたのだろうと、今夜は諦めて自宅に帰るよう促すが、返って意地になってしまったらしい。

「やだ! 大丈夫だよ、ちょっと足腰立たないだけだよ、御剣んち行くんだもん!」

 などと、子供のような口調で言いながら、肩にぐりぐりと顔を擦りつけてくるではないか。
 こちらの気も知らず、なんと罪作りな男だろう。

 できることならば正座させて、小一時間ほど説教したくなったが、そこは天下の酔っ払いである。
 何をどう言い募ったところで、ヘラヘラと笑われて終了だった。


 タクシーから降車し、部屋に運ぶ間もその足取りは危うく。

「成歩堂、歩けるか? 自分の荷物を忘れるなよ」
「はーいはい、歩ける歩ける。鞄だろー? ちゃんと持ってるよ、御剣お母さんみたいだなーあはははは」

 口だけは達者ながら、どう見てもその足は機能を果たしそうにない。
 ふらふらと今にも倒れそうな不安定さを目にし、咄嗟にその腰を支えるようにすれば、意図せず密着した体はその熱を伝える。

「君はどう考えても子供ではないな、酒臭いし可愛げもない。このうえ私の家に押しかけるというのだから」

 嫌味を多分に含んだ言葉は、彼の体温をすぐ傍で感じなければならない現在の己に対して、冷静さを失わぬようにと発したものだったのだが。
 けれど完全なる酔っ払いと化した彼には、露ほども伝わりはしないのだ。

「へへ、お邪魔しちゃうよー。いーじゃん御剣、これはアレだよほら、お持ち帰りってヤツだね!」

 無防備に寄せられた体とその顔の近さ、あげく『お持ち帰り』発言である。
 己の理性が擦り減っていくのを、如実に感じていた。


 少し乱暴にその体をソファに降ろしたところで、抗議の声はあがらなかった。
 その顔を見れば、むしろどこまでも気持ち良さそうに寝入っている。

 ふぅ、と遠慮なく盛大に溜息を吐き、それから次の行動をとるべく寝室へと向かった。
 そこから毛布を持ち出し、寝そべる彼の体にかけてやる。
 ソファの上では寝苦しかろうとも思ったが、かといってこれ以上の無用な接触は避けたかった。

 ましてやベッドはひとつしかないのだ。
 大の男が二人して寝転ぼうと、問題のない大きさではあるが、私自身に大いなる問題がある。
 彼自身のためにも我慢してもらおう、そう思い、せめて熟睡できるようにと部屋の照明を最小限に調整した。


 そうして。
 月明かりと薄明りのもとに浮かび上がる、彼の寝顔に、ふと。

 見惚れた、私は。

 ……つと、引き寄せられるようにその頬へと、手を伸ばしてしまった。


 そっと触れれば、その頬は赤らんではいるものの、少し冷たく。
 けれどしっかりとした弾力のある肌だと、知れる。
 ふに、と指を押し返す抵抗感が面白く、しばらくは遊ぶようにその頬から鼻、額へと指を押しつけていた。

 うぅん、と少し唸るものの、眠りは深いのかその瞼が開くことはなく。
 そのことに気をよくしてしまった、私は。

 少しずつ、指先で触れるのではなく手のひら全体で包むように、その頬から首、鎖骨へと範囲を広げた。
 それでも、成歩堂は目を覚まさない。


 この事実に。
 ふと、思いついてしまった。


 今なら、今この時ならば。

 私の好きなように、彼に触れることができるのではないか、と。


 それはきっと、悪魔の囁き以外の、何ものでもなかったに違いない。
 振り返ってみればすぐにでもわかる、なんとも単純な罠に、けれど私は易々と嵌まってしまったのである。

 成歩堂に負けず劣らず、私とて、酔っていたのだ。


 ……言い訳にもならないが。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ