ソレが無いのは致命的!

□裏:02
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 成歩堂へのこの想いが、『親友』の二文字では到底、表すことができなくなったのは、いつの頃からなのか。
 思い返してみても、よくわからない。

 ただ、自覚した時には既に、あまりにも強く大きなものとなっており、ひどく混乱したものだ。
 寄りにも寄って何故、という問いが脳内を占め、しばらくは仕事に支障が出そうなほどだった。

 何しろ彼を目にしただけで鼓動が高鳴り、その声を聞くだけで満たされ。
 その体に触れれば下半身に熱が溜まる、などといった経験は初めてのことである。
 それも同性に対して、などとは……正直なところ、そんな己に愕然とした。

 果たして私はそのような性的嗜好を持つ人間だったのだろうか、と過去を振り返ってみても、一度としてそのようなことはなく。
 誰かを唯一かけがえのない存在と定めたこともなかったが、それでも性的欲求の矛先は異性にのみ向いていた。
 それが……どこをどう間違えて、このようなことになってしまったのだろうか。

 否定しようにも、証拠は全て己のうちにあり、認めざるを得ない状況。
 それと同時に、この想いが決して届くことはなく、叶わぬものであることも冷酷なまでに理解できていた。

 成歩堂はどこまでも普通の男性であり、交わしてきた会話の中で何度も、「僕は清楚で可憐で守ってあげたい女性が好み」だと聞いている。
 私が彼への想いを告げたところで、悪い冗談だと笑われて終了だろう。
 真剣だと訴えれば、それはそれで距離を置かれてしまうのは明らか。
 そのような状況を思い浮かべるだけでも、胸が締めつけられるように痛み、嫌だと泣き叫ぶ恋心が、確かに存在していた。


 行き場のない想いを抱えつつも、表面上は『親友』として接することを心がける。
 こちらの勝手な感情など、成歩堂にはあずかり知らぬところであるし、何より私自身が彼との友情を踏み躙りたくはなかったからだ。

 ただ純粋に、私を「大切な友人だ」と豪語する彼の、その隣に在りたかった。
 例えどれほどの痛みが、この胸を襲おうとも。
 彼の友人として、傍に居たかったのだ。

 だが……成歩堂という男は、どうやらとても、タチの悪い男だったらしい。

 あまりにも無邪気に、無防備に信頼を寄せてくるのだ。
 こちらの気持ちに露ほども疑いも持っていないのだから、仕方がないと言えばそうなのだが、それにしても度が過ぎていると思う。


 仕事先で会えば、必ず向こうから声をかけてくるのだが。
 どれほど素っ気ない態度をとろうともニコニコと、笑みを絶やさない。
 テンポ良く交わされる会話はどこまでも楽しいものであるが、不意に至近距離から覗き込んでくるなり、「顔色悪くない? ちゃんと寝ろよ」などと言う。

 心配は有り難いが、その遠慮ない距離の近さに、動揺するこちらの事情など慮りはしないのだ。
 ますます顔を寄せて「大丈夫か? なんかいきなり顔赤くなったけど」と首を傾げてくる始末。
 誰のせいだ! と言い募りたいところを、ぐっと我慢しなければならない。


 そのようなことが、日常茶飯事として起こるのである。
 パーソナルスペースって何それ美味しいの、とでも言うかの如く、親しげな態度で肩に腕を回されることも少なくない。

 無自覚なのだとわかっている。
 そう常に己に言い聞かせてはいても、それでも勘違いしそうになるほどの、紛らわしい言動をしてくるのだから、手に負えない。


 成歩堂という男は、男女問わず『人タラシ』である、というのがここ最近の結論だった。
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