とある検事の愛の日記

□01月05日、晴れ。
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 かつてないほどに忙しい年末年始だった。
 いや、意図してそうした、とも言えなくもないが。
 ともかくも明日には海外であるし、今日ぐらいはゆっくり休めとの上司からの通達もあり、引き継ぎ事項の最終確認と各所への挨拶を終え、定時には局を出た。

 総務や事務方の職員からは、いくつもの花束を頂戴し、その抱えきれないほどの大袈裟な量に驚きつつ。
 明日には日本を離れる私に、これらをどうしろというのだ……と、内心で困惑した。

 自宅に持ち帰ったところで、人目にさらされることもなく枯らしてしまうだけだろう、そう考えるとなんとも忍びない。
 大いに逡巡したが、頂戴した花束の半分は糸鋸刑事へ押し付け。
 残りの半分と餞別の品だと手渡された菓子折りなどと一緒に、結局は成歩堂の事務所へ向かうことにした。

 このような時、私には気軽に会える友人と呼べる存在が、彼と彼の周囲の人間でしかないのだと、痛感する。
 ひどく切ない事実だが、これまでの己の人生を振り返ってみても致し方がない。
 そのような友人が一人も居ない人生よりは、ずっとましだろうと、そのような取るに足らない物思いに耽りつつ、とうとう事務所に到着した。


 いつかのように、扉の前で少しの時間、佇む。
 深呼吸までいかないが、いまだに騒ぐ胸を落ち着かせるためには必要だった。

 成歩堂からは年始の挨拶にと、元日にメールが送られてきた。
 飲みに行こうとの誘いも文面に添えられていたが、あまりの多忙さに応じられず、それきりで今日を迎えている。
 意図的に避けているのではない、ということは先日の一件でわかっているのだろう、検事局に押しかけられることもなかった。
 そのことに安堵しつつも、心のどこかで一抹の寂しさを感じている己も居るのだから、本当に『恋』というものは厄介だ。

 一年ほども会わなければ。
 電話もメールも交わさなければ。
 きっと良い思い出に変わる……いまは、そう願うしかない。

 あと、一日だ。
 今日を乗り切れば、明日には成歩堂の記憶を呼び覚ますものなど欠片もない、異国の地へと向かうのだから。
 そう己に言い聞かせて、扉を軽く叩いた。

「失礼する」

 いつものように声をかけつつ中へと入れば、いつものように成歩堂が振り返る……はずだったのだが。


「明けましておっめでとうございます! アーンドッ、御剣検事行ってらっしゃい気をつけてー!!」

 そのような声と共に、両脇から『パパパンッ』という弾けるような音が響いた。
 どこからどうツッコミを入れたものか、固まる私の目が映したものは、クラッカーを手にニコニコと笑う真宵君、春美君、矢張に糸鋸刑事。
 肝心の成歩堂は、何故か顔面を両手で押さえて、扉のすぐ傍でしゃがみ込んでいる。

「……これは一体、どういうことだ成歩堂?」

 先ほどこちらに向かう直前、確かに一報は入れたが。
 彼からの返答は簡単な了承のみで、このような出迎えをされるなどとは一言も聞いていない。

 と、首を傾げて彼を見れば、何故だか鼻を赤くした男はキッとこちらを睨みつけてくるので、更に驚いた。
 意味がわからないままに『睨まれたら睨み返せ』という教えに従えば、ますます険しい目つきになった彼は。

「いきなり扉開けんなよバカ! 思いっきり顔面強打しただろがッ」

 見ろよこの赤い鼻を!
 と、自分の顔を指さしながら訴えてきた。

「……不可抗力ではないか!」

 数瞬の後に、脳内ロジックが弾き出した答えを口にしたところで、「まぁまぁまぁ、いい大人なんだから二人とも、その辺で! サプライズ新年会ですよ、御剣検事。行ってらっしゃいの会も兼ねているので、楽しんでいって下さいねー」という真宵君の朗らかな言葉に我に返った。

「それは、わざわざすまない。しかし、急な話だっただろう……準備などはいつ行っていたのだろうか?」

 本当に、我ながら急な話だと思いながら、成歩堂に電話をかけた自覚はあるのだ。
 このような会を催せるほどの時間的余裕など、相当無理をしなければならなかったのではあるまいか。
 かえって迷惑をかけてしまったかと、若干の罪悪感と自己嫌悪に陥りそうになったが、対する真宵君の返答は明朗快活なものだった。

「ああ、気にしないで下さい。もともと今日から仕事始めだし、簡単な新年会しよーねって話してて、前から準備してたんですよ。そしたら丁度良く御剣検事が来るっていうから、それならってことで矢張さんも糸鋸刑事も呼んでみただけなんで!」

 二人とも急だったけど来れるっていうから、クラッカーありったけ買ってきてもらっちゃいました!
 そう、得意気に笑う真宵君と、その隣ににっこりと頷く春美君。
 そういうことだ、俺様の熱い友情に感謝しろよ〜! とヘラヘラ笑う矢張。
 そういうことッス、と頭を掻きながら笑う糸鋸刑事。


「ま、そういうことになっちゃったからさ……」


 最終的に、肩を竦めて苦笑する成歩堂から、ポンとひとつ肩を叩かれた。
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