とある検事の愛の日記

□12月15日、雨のち曇り。
3ページ/3ページ


 成歩堂は人間の機微にはひどく敏感なようでいて、時にこのような無神経な言動をとる。
 無意識ではあるのだろうが、恐らくは自己防衛本能によるものなのだろう。

 彼の心中では、どうせ私の想いなど『一時の気の迷い』としか、認識されはしないのだ。
 それを、覆そうとももはや思わないが。

「世間はクリスマスに浮かれていようとも、私にはやるべきことが山のようにあるのだよ」
「……とか言いながら、クリスマスの予定聞いてきたの誰だよ」

 即座のツッコミは相変わらず容赦がないな。
 人のあげ足をとるのは、法廷で闘う時だけにしたまえ。

 そう言えば、彼は心底から面白そうに、お前にだけは言われたくないなと、くすくす笑った。
 その顔を見ながら、私は今日ここに来た目的を果たすために、口を開く。

「いや、実際にあの日とは事情が異なるのだ。年明け早々から、海外に発つことが決まったのでな」
「え……海外って、え? また?!」

 驚きに見開かれる目と口、その仕草が愛しい。
 私を友人として大切に思っていきたいと、言ってくれた君の、その存在そのものが。

「うム、急な話でな。もとより海外研修は希望していたのだが、前回の突発的なものとは違い、正式な手順を踏んでとなるとどうしても時間がかかる。つい昨日、聞かされたばかりだ」

 なので今後は、現在私が担当している案件の引き継ぎと残務処理、研修への手続きと挨拶に追われる日々となるだろう。
 飲み会はもとより、君ともあと一度、新年の挨拶に会えるかどうかというところだ。

 そう、滔々と語った。
 あえて楽しげに、夢と希望に弾んだ声で。
 そうすれば、そうすれば、君は。


「そうか、うん、良かったな御剣。体に気をつけて頑張れよ」


 柔らかい微笑みで、そう頷いてくれると、知っていた。
 君はいつでも、そういう男だ。
 ああ、胸が、痛いな。


「ありがとう。それではこれで、失礼する」


 上手く笑えているだろうか。
 声音は震えていないだろうか。
 足は、きちんと動いて彼に背を向け、不審を抱かせることなく歩き出せただろうか。


 全てが曖昧な記憶でしかないが、気がつけば一人、すっかり薄暗い冬空の下だった。
 雨はいつの間にかあがっていたが、どんよりと厚い雲に覆われたままの空は、やはり、この心を写し取ったかのようだと。
 そのような、些末なことをぼんやりと思った。


 いつかのように、涙を流すことがなくて良かった。
 彼をそれこそ、困らせてしまったことだろうから。

 私はもう、泣かない。
 泣いたりはしない。
 私の愛は、彼に受け止められることも、届くこともないけれど。


 それでも、この愛は。
 泣かず、眠らず、死にもせず。

 彼の手元に渡った花と共に、散るだろう。


 アイレンの花言葉は、幸せになって下さい。
 それからもう一つ、どうせ花にも花言葉にも興味の欠片も持たないだろう成歩堂が、決して知ることのない言葉が、ある。


 君を、今でも愛している。


 これが、ここ数日間というもの、考えに考え、見つめに見つめ抜いた、私の。
 真実の『愛』だ。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ