とある検事の愛の日記
□12月07日、晴れのち曇り。
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「まぁ、確かに俺もそのことにはビックリしたけどよぉ。けどさ、成歩堂がお前を助けたのは何も特別なことってわけでもねーんじゃね?」
「何を言うのかと思えば」
「いーから聞けって」
私の言葉を遮った矢張は、ついぞ見たこともなかった真剣な表情で、こちらをひたと見つめた。
あまりにもその醸し出す雰囲気が、いつものそれと一線を隔しているため、思わず口を閉じる。
「お前さ、成歩堂のこと、わかってねぇ。無理もねぇよ、だってお前は十四年間も俺らと離れてたんだからな。その十四年の間、俺がさぁ、どんだけ大変な目に遭ったと思うよ? 絶体絶命な目にどんだけ遭ってきたかって。んでもって、そのたびにどんだけあいつ……成歩堂が俺を信じて助けてくれたかってことを」
お前が知るはずもねぇけどよ。
成歩堂に助けられたことなんて、お前の比じゃねぇんだよ。
お前が特別なんじゃねぇよ、ただ『あいつが』、『親友だと認めた人間』を、とことん信じて闘うヤツだってだけの、それだけの話じゃねぇか。
「……、そ、それは……だが! 彼は私と一緒に寝床にまで入ってくれたのだぞ?! 成人した者同士が、ひとつの床に入るなど…っ」
「あ? そんなんフツーだろ? 俺だって家であいつと飲んだら一緒の布団におねんねしてました、なんてことザラにあるぞ(布団ひとつしかねぇし冬なら特に寒いしなー)」
この、言葉に。
私の世界はガラガラと崩壊した。
ああ、まさに崩壊という言葉こそが相応しい。
再会してから今日までの、彼の言動、彼の行動がまるで走馬灯のように駆け巡る。
ロジックがひとつだと結論づけた真実、そこに新たなる『矢張の証言』が加わった瞬間、ものの見事に真実は覆った。
そう、これぞまさしく逆転劇だ。
「……私は、なんという……」
浮き彫りになったのは、私がこれまで彼に投げかけ続けた言動の数々。
その、あまりにも滑稽で浅はかな、思い違いも甚だしい傲慢さだった。
「あーまぁよ、そう落ち込むなって! 成歩堂はさ、お前のことちっとも『そういう対象』とは思ってないだろうけど、それでもあいつにとって『大切な親友』には違いない……て、おーい聞いてるか?」
聞こえている、ああ、聞こえているとも。
それと同時に、最後に聞いた成歩堂の声も、ハッキリと木霊した。
『僕はお前と恋人関係になった記憶なんてないし、これからなるつもりもない』
『いい加減そろそろ受け入れろッ』
心底うんざりした声音だった。
はぁ…と吐き出された溜息までも、私に対する辟易と嫌気が隠されもせずにあったということを、私は今さら、本当に今さらながら理解した。
「……すまなかったな、せっかくの休日に早朝から押しかけて。だが、お陰で目が覚めた」
「お、おお。御剣お前……大丈夫か?」
珍しく他人を気遣う声音を、この男から聞いた。
その事実にフッと笑いが込み上げ、それほどまでに衝撃を隠せないでいるらしい己に嘲笑が浮かぶ。
「ああ、貴様に心配までされるとは。明日は暴風雨か。戸締りをきちんとせねばならんな。失礼する」
「ほんっと最後まで失礼なヤツだなぁ、をい…」
そのような言葉を背に受けつつも、私はただ足を動かし矢張の家を後にした。
その日。
私は成歩堂と一年振りに再会してからというもの、休日には欠かさず送ってきたメールを送信することが、できなかった。