とある検事の愛の日記

□12月07日、晴れのち曇り。
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「ど、どどどどどういうことだ、成歩堂……『合コン』…だと…?」


 いかん、落ち着け、落ち着くのだ御剣怜侍。

 驚愕のあまりに盛大にどもってしまったが、ことの真相を掴まねば。
 奥手で照れ屋で恥ずかしがり屋なツンデレ小悪魔、成歩堂の言うことだ。
 素直に受け取ってはならん、そう、これはきっと私への愛の試練…!

『え、そのまんまの意味だけど。学生時代と違って、出会いの場も限られる僕らにとっては、新しい交際を始めるチャンスの場ってやつだね。興味あるなら矢張に詳細聞いてよ、僕も何人集まるとか知らないし』
「意味なら知っている! 興味の有無など、そのような問題ではないッ! 私というれっきとした恋人がありながらっ、何故に不純異性交遊を目的とした集いにっ、君が参加するのかと聞いているのだ!!」

 こちらの気持ちなど、露ほども気にかけてはいないのだ、と主張するような。
 ワザとらしいまでに淡々とした口調で返され、思わず苛立ちに任せて詰問するような声を発していた。

 一瞬の沈黙が耳に痛い。
 はっと我に返り、激昂して厳しい口調になってしまったことを詫びようとしたのだが。
 しかし刹那ほど遅かった。

『はぁ……あのさぁ、この際だからハッキリ言っておくけど』

 心底ウンザリとした声音が、携帯越しからこの耳に伝わり、いよいよ冷や汗がどっと全身に吹き出す。
 このような口調と声から発された言葉は、今までの経験からして、この心臓にとても大きなダメージを及ぼすものであると、既に知っているからだ。

『僕はお前と恋人関係になった記憶なんてないし、これからなるつもりもない。別に照れてるわけでも拗ねてるわけでも嘘ついてるわけでもないから。僕の恋愛対象は女性! 好みは可愛くて可憐で素直で慎み深くて優しい女性! いい加減そろそろ受け入れろッ』
「ヌぅ…! 可愛くて可憐で素直で慎み深くて優しい私ではダメだというのか?! 君の好みがそれだというのなら、私は鋭意努力を惜しまず必ずやそのスキルを身に着けてみせ」
『そぉ…っっいう問題じゃねぇええええ!!』

 言葉は途中で遮られ、耳をつんざくような叫びと共に通話は終了した。
 案の定、直後にかけ直した携帯からは『現在電波の届かないところにおられるか……』という、無機質な女性の声が返るだけとなり、それ以上の問答はできなかった。




 そうして、今である。
 目の前には諸悪の根源と言っても過言ではない、事件の影どころか私と成歩堂の間柄にもハッキリと影を落とした、矢張というこの男。

「さぁ、どういうことか白状しろ矢張…!」

 相対するなり問答無用でその胸ぐらを掴み、ギリギリと締め上げた。
 そうだ、こやつこそが諸悪の根源ではないかと、腕に力が籠もる。

「ぎゃぁああ暴力反対! 落ち着けよッ、いや落ち着いて下さいマジでッッ」

 これが落ち着いてなどいられるものか!
 ここ数日というもの、成歩堂には電話もメールもつながらず、明らかにこちらを避けているとしか言いようのない態度を取られ、私の精神状態はそろそろ限界なのだ。

 成歩堂との会話の直後、すぐさま私は矢張に電話をかけた。
 が、つながらず留守番電話サービスにつながったため、『とにかく何時になっても折り返し私に連絡しろ!』と残したところ、それはそれは清々しいまでに携帯は無言だった。
 まるで成歩堂と示し合わせているかのようではないか……そう考え至れば、ますますもって憎たらしさ倍増である。

 久しぶりに公然と休みを取得した私が、その足で矢張を捕まえるためにヤツの家に向かったのは、当然のことだろう。
 早朝から扉を叩き、インターホンを鳴らしに鳴らした結果、「んっっだようるせーなぁ朝っぱらから誰だよ?!」とTシャツにトランクス一枚で出てきた矢張。
 その目が見開かれ、咄嗟に開いたドアを閉じようとしたが、そのような動きよりもよほど私の方が早く、その胸ぐらを掴み上げたのである。

「くっくっく、そうだな、落ち着いて話をしようではないか! お邪魔する」
「ぉわぁあああ俺だって不法侵入って言葉くらい知ってんだぞ! ちょっ…おいおい勝手にお前っ、おまわりさーん…!!」

 悲鳴も非難も無視し、想像通りの雑然と埃っぽく小汚い部屋に押し入り、腰を下ろすのに一番マシだと思われた、さっきまでヤツが寝ていたのだろう布団の上に座った。
 無礼も非礼も知ったことか!
 という心境である私は、当然の如く目の前の汚い床に矢張を正座させ、尋問開始となったのだ。
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