とある検事の愛の日記

□11月30日、晴れ。
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 なんだろうな、考えれば考えるほど涙が滲んできてしまいそうだ。
 君はアレか、釣った魚に餌はやらないという、そのような鬼畜な男だったのか。

 思わずそう問い詰めれば、それこそ究極的に冷めた視線と口調で「お前を釣った覚えはないからとっとと自由にどこでも行けよ」などと言う。
 照れ隠しだと認識はしていても、面と向かって言われるとなかなかの迫力だ。
 いくら心身ともに鍛え抜かれた私とて、こうもけんもほろろに返されては、立つ瀬がないというもの。

「そ、それほどに、嫌だったということか…?」

 いくら愛しい相手からの電話とはいえ、元来『電話』というものを厭う人間もいる。
 彼もその部類に入っていて、毎日かけてくる私に辟易してしまっていたのだろうか。

 成歩堂に嫌われたくて電話をしていたわけではないのだ、それだけはわかってもらいたい。
 必死に言い募るこちらを見つめる、その瞳は相変わらず冷めきっているからこそ、余計に背筋が凍る思いがした。

 そういえば、ここ最近はついぞ彼の笑顔を見ていない。
 否、私へ向ける笑顔が極端に無くなってしまったのだ。
 成歩堂に本気で嫌われてしまったのだろうか……。


 そう思い至り、この瞳からは意図せず雫が零れ落ちた。
 しかも滔々と。


 ギョッとしたのは私ではなく、目の前の彼だった。

「え、ちょっ、おい御剣?!」
「……っ、……す、すまない」

 驚き慌てる成歩堂を前に、ただ立ち尽くして涙を流す私は、ひどく滑稽で情けない男だったことだろう。
 あの時のことは一生の不覚と、脳裏に刻まれている。

 ともあれ、怪我の功名というやつか、滂沱の涙で濡れた私はあまりにも同情を誘ったのだろう。
 どこまでも心根の優しい成歩堂は、眉尻を下げながら。

「言い過ぎたよ、僕が言い過ぎた! 別にお前自身を嫌ってるわけじゃなくて、加減ってものを知れって話なんだよッ」

 そう言って、この手をぎゅぅと握り締めてくれたのである。

「ま、毎日は駄目だが、週に一度ほどなら大丈夫だと、そういう認識で良いか…?」
「そうそう、そういうことでいーから泣きやめって! なんで僕がいじめてるっぽい展開なんだよ…!」

 ふム、言質は取ったぞ成歩堂…!!
 と、そこでガッシリと抱き締めて「では、週に一度は電話もしくは会いに行こうではないか!」と宣言をすれば。

「ドサクサ紛れに抱きつくんじゃねぇよッッ!!」

 という叫びと共にボディブローが繰り出された。
 普段から鍛えていた腹筋のお陰で、どうにか床に転がらずに済んだが、時に君の拳は凶器になると理解した瞬間だったな。


 ともあれ、他でもない成歩堂からの「たまの電話なら問題はない」という、この上なく照れ隠しに溢れた言葉を頂戴したのである。
 この権限を大いに振るわない手はない。
 忙殺の日々だが、今から来る恋人たち最大のイベントである『クリスマス』について、成歩堂に日程調整の相談をするべく電話をした。

 したのだが。


『クリスマス? 矢張と飲むけど』
「……何故だ??!!」


 照れ隠しにしても、この返答はない。
 ないぞ成歩堂!


『どうせお前、また気持ち悪いこと考えてるんだろうけど、僕は男でお前も男だろ。そんな僕らが恋人同士とかアリエナイってこと前提で聞けよ。クリスマスは、矢張と飲む』

 これ決定事項だから。
 どうしても来たいなら来ればいいよ、別に二人きりってわけでもないし。
 あっけらかんとした口調で続く言葉は、どこまでも清々しく響いた。


「二人ではない…? 他にも誰か居るのか」
『うん、合コンってやつだからね』


 ……な。


 なんだとぉおおおおおお?!?!


 あまりにも驚愕が過ぎた。
 過ぎるあまりに、声にならない叫びが脳内に響き渡るだけだった。
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