とある検事の愛の日記

□とある弁護士の嘆き。
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 書類を提出しに向かった裁判所で、赤いスーツを目の端に捉えるなり、僕は咄嗟にUターンした。

 颯爽と自身満々に歩くその男は、僕の幼馴染にして天才検事と名高い親友であって、決して避けるべき相手ではない。
 いや、なかったはずだ、つい一年前までは。
 むしろ十四年ぶりに再会してからこっち、というか再会する前からずーっっと避けられてきたのは僕の方で、ハッキリ言って無我夢中でとことん彼を追いかけたのも、れっきとした事実。


 最初はとにかく信じられなかったからだ。
 尊敬する父親について熱く語って、「僕も弁護士になるのだよ」とキラキラ瞳を輝かせていたあの少年が。
 とんでもなく目つきの悪い冷酷な顔して、雑誌の三文記事から「あいつは黒い検事になったんだぜ」なんて、根も葉もない噂を突きつけられてさ。

 もうとんでもなく腹が立った。
 あの少年の日に僕を救ってくれた御剣が、そんなことするわけないって。
 検事になったのだってきっと何か、のっぴきならない事情があるに違いないって思ったら、居ても立ってもいられなくなって、とにかく手紙を書いた。

 最初の一週間はそりゃもうドキドキして、「とにかく会って話そうよ」ってな内容と一緒に携帯番号も書いておいたから、いつどこで着信があっても応答できるように、それこそ肌身離さずでさ。
 気分はもう、初めて彼女から電話をもらうことになってる彼氏のそれだったね。

 ところが二週間経っても音沙汰なし。
 ちゃんと届かなかったのかなぁと、念のためにもう一度手紙を書いたけど、ウンでもなきゃスンでもない。
 ならこっちから電話してみようと、受付の人に「御剣検事につないでもらいたい」旨を話したら、しばらくの保留の後に『申し訳ございません、ただいま外出中でして』ってな返答。
 それもいつ電話しても、その都度毎回。

 あれ?
 これってもしかして避けられてる?
 と、ここまできてようやく気がついた。

 それなら直接対決するしかないと、検事局に行ったけどまぁ当然、アポなんてあるわけもないし門前払いだ。
 受付のお姉さんが困っているのはわかったけど、でもとにかく「どうしても会いたいんです!!」と訴えて居座ったら、警備員に追い立てられて出入り禁止になってしまうし。
 まさしく「ケンモホロロ」ってやつだった。

 さて、そこまで徹底して無視すれば諦めるとでも、当時の御剣は考えていたんだろうけど。
 僕としては、諦めるどころかむしろ「絶っっ対に会ってやる!」と、心の底から闘志が燃え盛ることになって、ぶっちゃけ逆効果だったわけだ。

 色々と考えを巡らした結果、僕は堂々と彼に会うために弁護士になると決めた。
 彼がなりたいと言っていた、その存在になれば、否が応にもいつかは対峙することになるから。
 そうして、それこそ勉強して勉強して勉強しまくって、とうとう弁護士になって。
 ようやく対等とまではいかなくても無視されなくなって、頑なで容赦ない態度の端々に、だけど隠しきれない『あの日の御剣』が見えたとき。

 僕は……本当に嬉しかった。
 やっぱり信じていた通り、御剣の根本的な本質は変わっていないって思えて。
 だからこそ余計に、その冷徹な言動が矛盾に満ちているように、僕には見えた。

 ぶっちゃけ頑張った。
 どこの誰がどう見たって、「お前がんがったよ」と褒め称えるぐらい、とにかく御剣の眉間のヒビをなくすために奮闘したんだ。

 そうして、僕が、いや僕たちが見つけ出した真実は……とても悲しく残酷なものだったけど。
 それでも彼を長年苦しめた悪夢は終わりを迎え、その眉間のヒビについて「ヒビではなく皺だ」と、生真面目に訂正してくれるぐらいの距離にまで、関係性を築くことができた。
 正直なところ浮かれていた僕は、だからこそその後に起きた事件で、どん底に突き落とされることになる。

 御剣が過去に闘った裁判において、不正があったこと。
 そして、その時に彼は自分の意図しないところで、証拠捏造と冤罪を生み出す犯罪の一端を、担わされていたという事実。
 それは御剣にとって、検事になると決めた日から、それまでの自分が築き上げてきたものたちが、全て無意味なものになった瞬間だったんだろうと思う。

 ショックを隠し切れずに今にも崩れ落ちそうな、それでも決して弱音を吐こうとしない彼が、だからこそ痛々しく僕には見えて。
 今にも消えてしまうんじゃないか、なんて、思えるくらいだったから。

 僕は御剣の家に押しかけたんだ、それこそ検事局に居座ったあの時のように、粘りに粘って。


 どこからボタンの掛け違えが起きたのかと自問すれば、きっと明らかにあの夜だったんだろうと思う。
 僕の名誉のためにも明記しておくけど、決してそのようなアレなことがあったわけじゃない。

 ただ、一緒に寝た。
 それだけだ。
 本当にただ一緒のベッドに入って、寝ただけ。

 身も世もなく絶望しきっている人間に、どんな声をかければいいのかなんて、僕にはわからなかったから。
 ただ、傍に居ることぐらいしかできない自分の無力さを呪いながら、それでも「どうか笑ってほしい」と。
 声にならない祈りを胸に抱きながら僕は、御剣の隣で寝転がってた。
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