とある検事の愛の日記
□10月31日、晴れ。
1ページ/2ページ
待ちに待ったハロウィンだ。
誤解のないように明記しておくが、決して童心に帰りたくて待っていたわけではない。
わけではないが、大いに胸が高揚していることもまた事実である。
何しろ今夜は成歩堂の事務所でパーティーが催されるのだ。
かの事務所の副所長と自称する真宵君が、どうやら西洋のイベント事に強く興味を示し、目前に迫っていた秋の祭りに「パーティーするよなるほど君!」と豪語したのだとか。
所長であり幼馴染である成歩堂から「そういうわけで、お前も強制参加らしいから。菓子たっぷり用意して夜にうちの事務所来い」と、いささか投げやりともとれる口調で言われたのである。
成歩堂に懸想している身としては、彼からの誘いにどうして胸をトキメかせずにおられるというのか。
しかも仮装した彼をこの目にすることができるというのだから、公然と抱きつかずにいられる自信が正直言ってアリの心臓ほども無い!
と堂々と言えるほどには胸躍っている。
惜しむらくは事前に用意した猫耳とメイド服を「そんなにおススメすんならお前が着ろよこの変態が」と、究極的に冷めた目と淡々とした口調で即座に却下されてしまったことか。
まぁ照れ屋な彼の反応としては予想の範囲内だ、致し方あるまい。
これを着て『恥ずかしさのあまりにイロイロなところをモゾモゾと震わす成歩堂』を想像し、寂しい一人寝の夜を過ごそう……としたのだが。
何故だかこちらの意図を察知したらしい奥手な成歩堂が、まるで生ゴミを見るような目つきで「これ着た僕を一瞬でも想像してみろ、口に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやる」と、真顔で恐ろしいことを言うので断念した。
非常に残念ではあるが、これもまた俗に言う焦らしプレイというそのようなアレなのやも知れぬ。
我が愛する成歩堂はどうにもこう、いわゆる天然小悪魔というヤツなのだろう、そろそろこちらの心臓が痛すぎる。
そう訴えれば「お前の存在がイタイわぁあッ!」という怒鳴り声とともに六法全書が飛んできた。
愛とは重くて痛いものなのだな、奥深い。
ともあれ指定された時刻に間に合わせるべく猛然と仕事をこなし、明日に回せるものは回して糸鋸刑事とともに成歩堂法律事務所へ向かった。
どうやら真宵君から刑事にも誘いがあったらしい(成歩堂からの誘いでは決して断じてない、と刑事を締め上げた結果そのような答えが返ってきたので間違いないだろう)。
ということは、どうせ矢張の顔も見ることになるのだろうと思われ、なにやら想像以上に賑やかな祭りになりそうだと胸中で溜息を吐いた。
できることならば、仮装した成歩堂の姿は誰にも見せたくないのだが……仕方がない。
彼はとても淡白な性格だが、ひとたび胸襟を開いて友好を築いた人間にはとことん甘いのだ。
それこそが彼の美徳であるのだが、「それは如何なものか」と口出ししたくなるほどにお人好しが過ぎる気がして、ヤキモキする時がある。
それから奥手で照れ屋で恥ずかしがり屋な彼は、どうやら愛する私に対しては反動で辛辣な態度になるらしい。
最近あまり私の前で無邪気に笑わなくなってしまったのは、意識してくれているものだと思えば嬉しい反面、寂しいものでもある。
天然小悪魔であり、かつ世に言うところのツンデレ気質な彼は、とんでもなく罪作りな男だ。
事務所に到着してみると、既に宴たけなわという様子だった。
いつものように「失礼する」という決まり文句とともに入室した瞬間、私の脳内は一瞬にして思考停止状態となる。
それほどの衝撃的な光景が、この目に飛び込んできたからだ。
佇んだ私に「こんばんは、御剣検事!」「よーやくお出ましかよおせぇよ御剣」等と声をかけてくる彼らには目もくれず。
私は一直線に成歩堂の傍に寄り、スーツを脱いで問答無用でそれを被せた。
そうしてその被せたものが落ちないよう、ぎゅうとその体を抱き締めれば、抱き締めた彼から「ぎゃぁあ出会いがしらに何しやがる離せ変態!」と非難の声があがるが、即座に「断る!」と一刀両断した。
検事たるもの、常に論理的解釈と根拠に裏打ちされた言動を重んじ、己を理性的であるよう律するのは当然である。
普段は成歩堂が嫌がればすぐに距離を置くよう心掛け、我ながら惚れ惚れするような紳士ぶりで接している私が、彼の言葉に強く反発したのだ。
常にない私の反応に驚いたのだろう黒く丸い瞳が、零れ落ちんばかりに見開かれた。
しかし、この時の私にはその愛らしい表情にすら構っていられないほど、焦燥と怒りに駆られていたのだ。
この格好はなんだ成歩堂、メイド服よりよほど破廉恥ではないかッッ、誰が許可しても私が許さん!
このような、むっ、むむむ胸が!
胸元がざっくりと開いたボロボロのワイシャツをだらしなく着たイヤラシイ姿なぞ、どうして放っておけるものか!
そのような痴態は私の前でだけ見せたまえ!!
と、一息に訴えたところまでは覚えているのだが、それ以降の記憶がない。
どうやら私に強く抱き締められて最大限に照れた成歩堂が、手加減なしでその石頭を私の顎にヒットさせたようだ。
「け、検事どのぉおお!」
という暑苦しい叫びと。
「なるほど君、いくらなんでもこれは無いよ……検事死んじゃったかもよ?」
という同情めいた声。
「ぶっはーあはははは相変わらずキテレツな男だよなー」
という史上最強の奇天烈男にだけは言われたくない言葉も、聞こえた気がするが。
どこまでが夢かうつつか定かではない。