とある検事の愛の日記

□10月24日、曇りのち雨。
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 愛しい成歩堂からの着信音はトノサマンのテーマで登録してある。

 その音が鳴り響いた瞬間、私は手にしたカップを取り落しそうになり、辛うじて割ることはなかったのだが盛大に熱い紅茶が手にかかってしまった。
 熱いというよりもはや痛みを訴える左手を無視し、とにかく携帯を取り出して応答する。
 その瞬間、「うぐぅッ、な、なるほどぉおお」という、なんとも情けない声が出てしまったのはご愛嬌と受け止めてもらいたかったのだが……即座に切られた。

 自分からかけておいて当人が出た瞬間に切るとはどういうことだ?!
 と、すぐさまこちらから折り返して詰ると、だってなんかキモチワルイ声だったから、などと悪びれもなく言われた。
 うム、相変わらず君の正直さは時にこの心臓を容赦なく抉るな、いっそ清々しい! そしてそんなところも好きだ成歩堂!!
 と、思っていることがどうやら口に出ていたらしく、またも電波の向こうでブチッという音がした。

 頼むから用件を言ってから切ってくれ! と再度折り返して訴えると、「頼むから用件を言わせろよこの変態がぁああ!」と大音量で叫ばれて鼓膜が破れる寸前だった。
 どうやら地雷を踏んでしまったらしい……相変わらず奥手で照れ屋で恥ずかしがり屋のツンデレ小悪魔っぷりだな可愛いすぎるぞ成歩堂。
 ともあれコホンとひとつ咳払いをして、改めて用件を聞けば。


「ハロウィン?」
『そうなんだよ、真宵ちゃんがめちゃくちゃ興味あるみたいで。事務所でパーティーやるんだって。既に決定事項みたいだよ』
「ほぅ、パーティーか。真宵君が主催とは、また賑やかなものになりそうだな。君も仮装するのかね?」
『え、あーうん、なんか無理やり。そういうわけで、お前も強制参加らしいから』
「フム、了解した」

 そう応えると、少しの沈黙の後に彼は不審げな声で『随分とアッサリ了解したな。仕事放棄してまで来るなよ? 世の被害者たちが泣くぞ』などと言う。
 フッ、つれない憎まれ口でありながら、その実こちらの職業事情を考慮した上での気遣いに溢れた言葉、ああ何といういじらしさだ結婚しよう今すぐエンゲージリングは既に用意してあるぞ!
 と、またもや口に出てしまっていたらしい、言い終わる頃には既に『ツー…ツー…』という無機質な音が響いていた。


 多分、今すぐに折り返しをしても出てもらえないだろうことは、ここ最近のパターンからして濃厚だ。
 はぁ…と悩ましい溜め息を漏らしつつも、携帯をしまった。
 それからすぐに零してしまった紅茶を拭きつつ、脳内ではめまぐるしく31日までの行動予定表の改訂を始める。

 当日までに終わらせねばならぬ案件、懸念事項とその対策、突発会議が発足せぬように各所への根回し等々。
 やることは山のようにあるが、全ては仮装した成歩堂の姿をこの目にする日のために!
 ぬぉおお、やるともッ、私はこの素敵トキメキイベントを全力で勝ち取り、成歩堂とのめくるめく甘い夜を過ごすのだ…!!


 この日の私の仕事っぷりはどうやら、驚異の速度であったらしい。
 事務次官から「あのぉ、なにか、お身内にご不幸でも…?」などと聞かれるほどであったからな。
 しかし何故に不幸……?
 時々、次官や刑事はとても的外れな質問を向けてくることがある。


 ともあれ来る31日、平日の夜ではあるが、この上なく楽しみだ。
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