青い鳥
□6.青い鳥
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かたん、かしゃん、といった物音に誘われるように意識が浮上した。
五感が機能し出すのと同時に、霞がかった脳内も徐々に晴れ、物音の正体がこの家の主による朝食の準備によるものだと気づく。
珍しい……最初に抱いた感想がそれだった。
休日とはいえ、目覚ましが鳴るよりも前に覚醒するのが常の私とは違い、彼は何だかんだと布団から離れたがらない男だったからだ。
「成歩堂…?」
声をかければ、そう広くはない室内、すぐに反応した彼がテーブルに湯気のたつ料理を置きながら、笑う。
「おはよう御剣、朝食できてるよ」
その手元に用意された『朝食』を見て、更に驚いた。
一目で炊き立てとわかる白い米、卵焼きと焼き魚、ほうれん草の御浸しに味噌汁が並んでいる。
これぞ日本の朝食、と言わんばかりの揃いようだった。
「これは、一体……今日は何かの記念日だったか?」
布団から離れ、豪華な食卓に近づきながら訪ねる。
すると、定位置となっている私の対面に座った彼は、にっこりと笑うもその首を小さく振った。
「んーん、別に特には。まぁほら、とりあえず冷めないうちにどーぞ」
「う、うム。では、いただきます」
差し出された箸を受け取り、お決まりの文句を言えば、成歩堂も同じようにして食べ始める。
卵焼き、魚へと箸をつけたところで、じっとこちらを伺う気配を感じ。
顔を上げれば、正面からどこか不安そうな瞳と出会う。
「久しぶりにこんな本格的な和食作ったからさ……どう?」
「食べられなくはない」
にやりと笑って言えば、案の定その頬が膨らむ。
冗談だとすぐさま嗜め、素直に感動したと告げれば、今度は彼がにんまりと「まぁね、僕ってばやればできる子だから」などと言いながら笑った。
それから、続けて向けられた言葉は、まるでいつもと変わらぬ他愛もなさで。
「あのさ御剣。僕、君が好きだよ」
ごく自然にサラリと流れていった音に、意味を見出したこの脳内は、一瞬時を止めた。
口内に残っていた食物をごくんと飲み下し、箸と茶碗をそろりとテーブルに戻す。
そうしてようやく、まじまじと正面から見つめてくるその瞳を見返せば、そこにはひどく真剣な色だけが、あった。
「……いま、何と?」
「ん、だから、僕は御剣が好きだよ、って。友情ももちろんだけど……どうやら僕は君に恋しちゃってるみたいでね」
いやぁ、参ったよ。
照れ臭そうに頭を掻きながら、眉尻を下げれるだけ下げて、笑う。
その頬はほんのりと朱く、それでいて瞳だけは鋭くこちらを射抜き、決して冗談や戯言などではないのだと、言葉よりも雄弁に語っていた。
「恋…?」
気がつけば、からからに乾いた喉の奥から、掠れた声が漏れた。
混乱した脳内が、まるで成歩堂の紡いだその単語だけを、壊れた蓄音機のように何度も何度も再生する。
「そう、恋。僕は、君が欲しい。ねぇ、僕じゃぁダメなのかな?」
ダメ?
何が。
彼の何が、駄目だというのだろう。
起き抜けの霞がかった脳よりも余程鈍い思考回路は、どうにも混乱の極致にあって正常に機能しない。
ぼんやりとただ、目の前でどこか切なげな表情を浮かべながら言い募る、成歩堂を見つめる。
「御剣が昨日言ってた、好きな人に告白するつもりはないって、それって、つまり望みのない片想いだってことだろ? そんなもの抱き締めてたって、幸せになれないよ。それなら、潔く諦めてちょっと隣に目を向けてよ。僕は、君を幸せにする自信がある」
きっぱりと言われ、反射的に「何を根拠に…」という言葉が意図せず零れた。
だが対する成歩堂は気を悪くすることもなく、むしろ堂々と胸を張り、まるで法廷に立った時のあのふてぶてしい笑みさえ浮かべ。
「だって、世界中どこを探しても、僕以上に御剣を好きな人間なんていないから」
誇らしげに、言うのだから……思わず、笑ってしまった。
「なんだよ、本気だよ僕は。笑うなよっ」
唇を尖らせて怒る彼が、ああ。
愛しいと思う。
「ひとつ、言っておきたい。私は私の恋を、諦めるつもりはない」
「…そ、そんなの」
「何故なら」
必死に隠そうとして隠しきれずに傷ついた顔で、それでも気丈に言い募ろうとする彼の言葉を、遮った。
「何故なら。世界中どこを探しても、私以上に君を好きな人間もまた、いないからだ」