青い鳥
□4.さよなら自由
4ページ/4ページ
目の前の仕事をひたすら片づけた結果、かなり早めに切り上げることができた。
真宵ちゃんも既に帰宅して、しんと静まり返った事務所内で、僕はひとつ大きく深呼吸する。
携帯の発信履歴を操作して、最近はかけてなかったから一覧の後ろに追いやられてしまった、御剣の番号を選択した。
躊躇したら終わりだと、勢いで発信ボタンを押せば、すぐに呼び出し音が聞こえてくる。
数コール目で途切れて、代わりにひどく久しぶりな気がする、声が聞こえた。
「あ、御剣? 僕だけど。いま大丈夫?」
『これから会議が控えているので、少ししかないが。何だろうか?』
相変わらず仕事に忙殺されているらしい、彼の声はでも、携帯越しにはいつも通りの穏やかなものに聞こえて。
さっき深呼吸して落ち着かせたはずの心臓が、にわかに騒がしくなる。
もう、自覚なんてするもんじゃないなぁと、そんな自分に心底呆れながら。
「忙しいところごめん、大した用じゃないんだ。こないだホラ、仕事中にすっごい迷惑かけちゃっただろ。申し訳なかったなぁと思って。お詫びに仲直り兼ねてまたうちに飲みに来ないか? お前の都合に合わせるからさ」
ふム、と少し考える気配の後、『では、今度の土曜の夜はどうだろうか?』なんて快い応えが返ってきた。
よし、と心の中でガッツポーズを決めつつ、詳しい時間帯なんかを聞いて通話終了。
ふぅうと息を吐いて、それから壁掛けカレンダーに目を向けた。
今度の土曜日までにあと三日間あることを確認して、おもむろに両手で自分の頬をパチンと叩く。
当たり前だけどじんわり痛い。
一人きりの事務所で何やってんだって思わなくもないけど、気を引き締めるためにはこれくらいの痛みが必要だった。
あと三日間。
それまでに、もっともっと冷静になって、僕は僕と向き合わなくちゃならないから。
彼が好き、というだけで終われるほど単純な、そんなものなら苦悩しない。
傍に居られれば満足、だなんて、そんな可愛い期間はいつの間にかとっくに過ぎ去っていたんだ。
あろうことか、自覚もないままに。
「はぁー、参ったなぁ……」
真宵ちゃんも居ないし、誰に遠慮しなくてもいい空間で、今度こそ盛大に溜息と愚痴を零した。
ぐったりと所長机に突っ伏して、それからグルグルと思考の渦に甘んじて巻き込まれていく。
僕は、のめり込んだらとことんで、厄介な性格だ。
自分でも嫌ってほどわかってる。
そのお陰で、一時期はとある女性に利用され、ヒドイ目に遭った。
情けなくて、自分で自分がほとほと嫌になって、もう誰かを好きになるなんてこと、二度とないんじゃないかと。
そう思うくらいには、結構大きなトラウマ抱えてた。
そんな苦い経験も、だけど御剣に会うという目標があったからこそ、バネに変えて進むことができた。
むしろ、束縛から解放されたような気分で、どこか清々しくさえあったような気もする。
……そうだ、だからこそ僕は。
誰憚ることもなく、御剣に会うための努力を惜しまなかった。
どこまでも、自由だったから。
ただ心の求めるままに行動し、喜びも悲しみも、それら全てはただ僕だけのものだったんだ。
……なのに。
「そう、そうだ。こんなに……不自由なものだったんだよね」
御剣に笑っていてほしい。
できれば、僕の傍で。
御剣に幸せになってほしい。
できれば、僕の傍で。
そしてそれはもう、僕が笑うために、幸せになるために必要不可欠な条件で。
諦めるなんていう選択肢は、最初からなかったんだ。
だって、それこそ、最初から。
小学生のあの時から、僕は彼が大好きだったんだから。
そう気づいてしまった、僕は多分。
もう、風のようには生きれない。