青い鳥
□4.さよなら自由
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僕らの間に訪れた沈黙は、これで何度目になるだろう。
あまりの予想外すぎる展開にびっくりして、固まる脳内で考えてもしょーがないことが浮かぶ。
沈黙の回数なんて、どうだっていいだろうともう一人の僕がツッコミ入れてるぐらい、どうでもいいことすぎた。
「え……えぇええええ?! みみみ、御剣っ、いま恋愛中なの??!!」
ナニそれ何だそれ僕は聞いてないぞ!!
思わず叫ぶように詰問していた。
いやだって、なんだか。
それこそ大げさすぎるぐらい騒がないと、胸が苦しくて痛くて、どうにかなってしまいそうだったから。
対する御剣は、真っ赤な頬を隠そうとするかのように片手を口元に添えて。
ふいっと顔を逸らしながら「れ、恋愛中だから何だというのだ…!」とか、それこそ怒った口調で言うけど。
噛んでるし全然迫力がないどころか、御剣をよく知る糸鋸さんとかがいたら、それこそ卒倒しそうなぐらいには。
ああ、ああ何ということだろう。
恋する御剣は、……大変に可愛らしかった。
世も末だ。
「てか肯定したぁああああ…!! だだだ誰っ、相手は誰だよ僕の知ってる人??!!」
脳内には真宵ちゃんや狩魔検事、果ては春美ちゃんの顔まで浮かぶ。
混乱と驚愕の極致にあって、さっきから、僕の心には痛みと一緒にひとつの叫びだけが木霊していた。
その叫びの奥にある、根っこに何があるのかを。
絶対に認めたくない、いいや、認められない。
でないときっともう、御剣の隣で笑えなくなってしまう……そんな得体の知れない強迫観念に追い詰められて、それを振り切るようにそう聞けば。
「何を大袈裟な! 君には関係ないだろうっ」
至極もっともな意見が返ってくるけれど。
「ある! お前になくても僕にはある!!」
だってこの答えをもらえなかったら、この先一週間ぐらいは夜も満足に寝られない自信が僕にはある。
というか、既に答えの如何に関わらず、今夜は眠れない予感しかしてないんだけど。
イロイロな意味で。
しばらくの睨み合いの末に、渋々ながら折れたのは御剣の方だった。
視線を逸らせて盛大に溜息を吐きながら、どこか観念したように小さな声で。
「……恋愛中、というのは正しくない。単なる片想いだ、私の。誰か、という問いに答える気はない。君には……想像もつかないだろう」
その声音は、いつもの彼らしくもなく掠れ揺らいで、だからこそ、真摯な想いの吐露だと知れる。
切なげに細めた瞳は、手前のティーカップを通してどこか遠くを見つめていて。
決してそこに、僕は映らない。
息が、止まるかと思った。
「そう、なんだ……」
何だかとても重たい唇を動かして、それだけ言うのが精いっぱい。
御剣に好きな人がいる、というこの事実が。
僕を容赦なく打ちのめし、考えることを放棄させた。
彼の肩越しに見た窓の外は、すっかり夜も深まって見えて、何だかんだと長居してしまっていたことを認識する。
「なんか、色々とごめんね、騒いで」
言いながら立ち上がって、そのまま僕は、挨拶もそこそこに逃げるように帰宅した。
どこをどうして歩いたのか、それこそ御剣の執務室に勢いで飛び込んだ時よりもずっと曖昧で、記憶にない。
気がつけば自宅玄関の扉が目の前にあった、そんな感覚で。
身に沁みついた習慣ってやつに従って、鞄から鍵を取り出して開く、体を入れて閉める。
それから、でもそのまま僕の体は靴を脱ぐこともできずに、ズルズルとその場にへたり込んだ。
完全に力の抜けた体で、思考回路だけはやけにグルグルと働いて、ついさっき見聞きした全てをひとつひとつ、鮮明に脳内再生させていく。
御剣の怒った顔、困惑した顔、とんでもなくレアものだろう破顔に、ひどく切なげな顔。
それと一緒に、響いた声も。
この耳と脳の奥深くにこびりついたように、いつまでもいつまでも残っているようで、僕は知らず小さく身震いをした。
「……ぅ、…う」
御剣に好きな人がいる、そう理解した瞬間からこの身を苛んできた、誤魔化しようのない息苦しさに、ついにこの唇からは呻き声が零れ落ちる。
誰も居ない空間に落ちた音が、硬い床から跳ね返って耳に届くことで、ようやく自分が唸っていることを認識する、なんていうひどい状態だった。
「い、やだ……っ、なんで…!」
胸と口を手でぎゅっと押さえていないと、苦しくて、辛くて、叫び出してしまいそうだった。
混乱と衝撃と、それからヒタヒタと忍び寄る絶望感の中で。
もうずっとずっと胸の中にあって、目を逸らし続けてきたそれが、だけどこれ以上は無視することができないのだと、とうとう観念するしかなくなって。
僕は泣いた。
御剣が、好きだ。