青い鳥
□*閑話.果て*
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成歩堂の部屋はいつ来ても、雑然としている。
乾いた洗濯物は、辛うじて折り畳まれた布団の上に無造作に置かれ、皺くちゃになること必至。
彼がトランクス派だということも、これら衣服の塊から知った。
新聞紙はうず高く棚の上に積まれ、中には一度も目を通していないのではないかと思えるほどに、ポストに投函されたままの折り目のものもある。
テレビやエアコンといった家電製品のリモコンは、場所が固定されておらず、二人して部屋中を探す羽目になったこともあった。
いつも通りに、彼が晩酌の用意をしている間、定位置に腰を下ろしつつ件のリモコンを探せば、今回は雑誌やチラシなどで出来上がった小山の天辺に、鎮座していた。
何気なく手を伸ばし、そうして私は雑誌に紛れてそこにあるものを、見つける。
それは、見合い写真だった。
目にしたあの時……我が身に駆け巡ったものを言葉で言い表すならば。
それは衝撃や絶望などといった強烈なものではなく、むしろ。
……ああ、これで。
ようやく。
やっと。
そのような、諦観と安堵に満ちた、一抹の寂しさだった。
決めていたことがある。
私が、彼へと募る想いの名前を明確に自覚した、その時からずっと、考え続けてきたこと。
私は成歩堂が好きだ。
どう言い繕ったところで、拭えもごまかせもしない。
最初のうちは戸惑いと混乱が大きく、寄りにもよって何故、という自身への疑問と罵倒で身動きがとれなくなるほどだったが。
いくら否定しようとも、この胸に根づいたものは頑強にそこにあり続け、ともすれば日の光を浴びて成長する樹木のように、大きくなっていくばかりだった。
彼はあくまでも私を親友として大切に扱い、眩いばかりの笑顔を向ける。
養分は惜しみなく降り注がれるのだから、致し方のないことだっただろう。
胸が熱くなり、締めつけられるような想いを味わう一方で、脳内はどこまでも冷静に冷徹な結論を弾き出す。
到底、この想いが彼に通じることはない、という事実を。
成歩堂の立場にしてみれば、それは当然のことであり考えるまでもない。
私は彼にしてみれば同性の友人であり、いくら親しい間柄になろうとも、好いた惚れたの対象にはなりえないのだ。
大体が、この状況に途方もなく立ち尽くし混乱しているのは、私自身だった。
もともと、恋だの愛だのといったものには縁が薄かったこともあり、哀しいかなこのような感情を味わったことがただの一度もない。
ずっと貴方が好きだっただの何だのと言われて、付き合った女性は何人かいるが、そのどれも、私が仕事を最優先に動くことに不満を持ち、結果的に長続きはしなかった。
特にそのことについて、思い悩んだこともない。
結局は、私にとっての色恋沙汰とはその程度のものだったのだ。
成歩堂は、そのような私に対して、初めて出来た『親友』だった。
このたった二文字で表現されてしまう、その存在は、けれど決して言葉のように軽くはない。
むしろ私の人生における最大級の存在、と評してしまえた。
彼が惜しみなくこちらに向ける、嬉しい、楽しいといった明るい笑顔や言葉を。
さり気なさを装った、気遣いや優しさを。
ありのままに受け止め、同じように自分なりのやり方で嬉しさや楽しさを、彼に返していた。
ただそれだけで、満たされていたというのに。
気がつけば、苦しかった。
想いが溢れ零れて、窒息してしまいそうだった。
けれど無情な現実が、それら全てを完膚なきまでに叩きのめす。
彼は私に、同じような想いを返してはくれない。
私もまた、彼から親友として向けられた想いと同等のそれを、返すことなどできない。
ずっと、考え続けてきた。
諦めることも、離れることも、冷徹な脳内ロジックが無理だと嘲笑う。
大人しく現状に甘んじて、苦しめばいいと。
結局は、成歩堂が一番大切なのだろう、と。
その通りだった。
どれほど胸が痛もうと、傷つこうと、彼が『親友としての私』を望むならば。
成歩堂の望む私でありたい。
彼に救われたと言っても過言ではない、私だ。
この命など惜しくはない、そう言えば彼はきっと怒るだろうか。
けれどそれが、真実だった。
だからこそ。
彼には幸せな恋愛を、幸せな結婚を、幸せな家庭を築いていってもらわねばならない。
この想いの果てが成歩堂の幸福につながるのなら、報われずにこの身と朽ち果てようとも、それで構わない。
否、むしろそうあって初めて、この想いに価値と真実が宿るのではないか。
そう考え至れば、苦しみも切なさも抱き締めて、彼の前で親友として笑うことができた。
できていたと、いうのに。
「僕はお前が女だったらなぁとは思うけど!」
君が。
それを。
言うのか……。
一瞬、真っ白になった心と脳から零れ落ちた言葉は、だが。
幸いなことに彼の耳には、断片しか届かなかったようだ。
けれどそれ以上、彼を目の前にしてそこに居続けることは、できなかった。
瞼の裏に焼き付いた、成歩堂の怒りに満ちた顔。
エゴの果てがこれか。
滑稽すぎて涙も出なかった。