青い鳥

□2.日々の終わり
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 御剣と喧嘩した。


 事務所に来てくれた彼と何だかんだ会話してたら、いつの間にか真宵ちゃんたちと食事を一緒にとることになって。
 その帰りに、いつも通りに僕の家に寄ってもらった、あの日。

 ビールの缶がそろそろ3本目ぐらいになる頃、御剣が急に「見合いをするのか?」とか聞いてきたもんだから咽た。
 ゲホゲホ言う僕を尻目に、雑誌と一緒に部屋の隅に押しやってた『お見合い写真』なるものを手にとられて、僕はますます咳き込んだっけ。

「あー、それねぇ。どこの家族にもいるもんだよね、お節介な親戚のオバサン一人ぐらいはさ。どこかから僕が弁護士になったって聞きつけたらしくて……まぁ、丁重にお断りさせてもらったんだけど」

 相変わらず目ざといなお前、とか笑いながら言えば。
 一緒に笑ってくれると思っていたのに、目の前の男は、どうしてだか眉間に皺を寄せて、聞いてきた。

「断った? 何故」
「え、なんでって……なんで??」

 むしろその反応こそ不可解だろ、とか思って僕は小首を傾げる。
 だけど、御剣の顔は何だかそろそろ不機嫌と表現しても差し支えないものになってきている、そんな気がして更に脳内は疑問符だらけだ。
 どうして、僕が見合いを断ったことでお前が不機嫌になるんだよ?
 そう聞こうと口を開いたけど、御剣の方が一瞬早かった。

「君には現在、恋人はいないと認識している。新人とはいえ弁護士であれば、それなりにこういった話はこれからもあがるだろう。特別に想っている相手がいるならば話は別だが、そのような人間もいないと、君の口から聞いた覚えがあるのだが?」
「ええ? うん、まぁ、そうだけど」
「だというのに、断るとは、余程この写真の女性が君の趣味嗜好からかけ離れた顔立ちであったとでも言うのか? それともこの話を持ち込んだ親戚の方に何か問題でも?」

 まるで裁判所での尋問かとでも聞きたくなるくらい、考える暇も与えてくれないらしい口調で畳み掛けられる。
 普段からこいつのこういう口調は苦手なのに、更に飲酒による思考能力の低下も相まって、僕としては何が何だか、という状態だった。

「ちょ、ちょっと待ってよ、あのさ、話がよくわからないんだけど。見合いを断ることって、そんなに悪いことだったっけ?」

 少なくとも、親友の眉間に皺が寄るほどのものだなんて、僕は認識してなかったんだけど。
 大体、断られた見合い相手が怒るならともかく、なんでお前が怒るんだよ。
 というかそもそも、御剣の方こそお見合い話なんていくつもあがってるはずだ。
 それにいちいち付き合っているこいつなんて、それこそ想像もつかない。

 さっぱり意味がわからなくて、多分だけど僕は随分と相手を『理解不能な生き物』を見るような目で見てしまっていたんだろう。
 すっかり眉間に皺だけじゃなくて、額に青筋浮かべた御剣が目の前には出来上がってた。
 だけど、その唇から発された理屈は、今まで以上に僕を混乱させるものだった。

「断る理由が、君にはないからだ」
「……はぁあ?」

 思わず、そんな声が喉から洩れてた。
 いやいやいや、なんだよ、理由がないって。

 きっかけは、些細なことだったと。
 今は冷静になればなるほど思い知る。
 でもあの時は、お互いに酔っていて。

「ナンだそれ、断る理由? そんな立派なもんがいちいち必要なの?? そんな面倒くさいこと、いちいち考えて見合いを受ける受けないなんて判断してないよ、馬鹿じゃないの」

 こんなの気分とタイミングと勢いの問題だろうと僕は思う。
 確かに恋人も想い人も今のところいないけど、だからってどうして見合いを受け『ねばならない』って結論に至るんだ。

 そう反論すれば、けど目の前の男は更に苛立ったように見えた。
 でもその苛立ちは僕を冷静にするどころか、御剣が理不尽に怒っているようにしか感じられなかったから。
 その理不尽さに、ついカッとなって言い過ぎてしまった。


「ああ、でも強いて言うなら、できれば僕はお前が女だったらなぁとは思うけど! そしたら一も二もなく頷いてたかもね。まったくこの世はなんて残酷なんだろうなぁ!」


 断言する、僕は酔ってた。
 唐突に突きつけられた理不尽さを、笑って躱すことができないくらいには、酔っていたんだろうと思う。

 こちらの言葉に、御剣の怒りに満ちた顔が。
 一瞬だけ、虚を突かれて呆けたような表情を浮かべた、そう見えた次の瞬間に。
 さぁっと音が聞こえそうなほどの勢いで、見る間に色を失っていった。

 まるで……僕を通して絶望を見るような。
 その暗い、昏い瞳。


「……が…、そ…を……」


「なに? なんて言ったの御剣、いま」

 唇の中でくぐもるような音のそれは、うまく聞き取れなかった。
 さっきまでのむくむくと湧いてきていた怒りが、一気になりを潜めて、逆に妙な焦燥と言いようのない不安に駆られる。

 御剣が、ひどく傷ついているように、見えたから。


 咄嗟にその肩に手を伸ばして、だけど触れる直前に、振り払われた。
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