青い鳥
□*閑話.エゴ*
1ページ/1ページ
浮上する意識と共に瞼を開ければ、ぼんやりと霞む視界の先に、見覚えのある輪郭。
それが『彼』だと認識できれば、瞬きの間に目は覚めた。
そっと、音を極力たてないように体を起こし、豆電球と消し忘れたままになっているテレビの光によって彩られた部屋で、腕時計に目を落とす。
現在時刻は、日が昇るにはあと一時間ほどかかるだろう、というところか。
決して広くはない親友の部屋で、彼の健やかな寝息を耳にしながらこうして目覚めるのは、もう何度目になるのだろう。
もとより深く眠れるような体質ではなく、更には他人の家なのだ、当然のことだと主張したところで誰も文句は言うまい。
けれど、必ず家主よりも先に目覚めるこちらをどう思ったのか。
最初は肌触りの良い、けれど華美過ぎないクッションが置かれた。
それから、いつの間にかフローリングには落ち着いた色のカーペットが敷かれ、雑魚寝をしても体があまり痛まなくなった。
さり気なく私のすぐ横にひざ掛けを置きながら「冬はやっぱ炬燵だよね、エアコンだけだとどうしても寒いし……今度買おうかな」などと言って笑う。
そこまで心を砕かれて、ようやくにして私は。
これら全てが『私の為に』用意されたものなのだと、理解した。
その瞬間のこの胸に去来した感情を、一体どう表現すればよいのだろう。
嬉しさや感動といったものを内包しつつも、それ以上に複雑なこの切なさを。
ともすれば、とうに枯れ果てたと思っていた熱い滴が、溢れて零れ落ちるのではないかと思えるほどの。
叫びだしたくなるような、この想いを。
そのような、衝動とも呼べる熱いものに焼かれたこちらの心内など気づきもせず、成歩堂は屈託なく笑うのだ。
「…炬燵はモノグサな人間を更にダメにする道具だ、私はおススメしないぞ」
「えーナニそれ、なんかまるで僕がモノグサな人間だって言われてるみたいなんですけどー」
素直に遠慮して必要ないなどと言えば、それこそ彼は迷いなく購入してしまうだろう。
こちらの胸中にある申し訳なさなど、微塵も振り返ることなどしない。
だからこそ、あえて可愛げの欠片もないであろう言葉で却下の意を伝えれば、くすくすと楽しげな笑い声があがった。
「……炬燵の代わりに、電気カーペット、か」
一人ごちながら、床に手をやればじんわりと温かさが伝わる。
まるで、すぐ隣で寝息をたてる男の、その心に触れているかのように。
緩められた特徴的な眉毛、無防備に閉じられた瞼、薄っすらと開かれた唇が、こちらへの全幅の信頼を表しているかのようで。
胸が、苦しくなった。
「君は……」
知らないのだろう。
私の、この、想いなど。
足元に転がったリモコンを手に取り、テレビの電源を落とせば、途端に彼の輪郭はぼんやりとしか捉えられなくなる。
だが、それでいい。
そっと注意を払いながら、晒された肩に毛布をかけなおす。
大の男が二人、ひとつの毛布を共有しているのだから、どうしてもどちらかの肩や足が空気に晒されることになるのだ。
ならば、その両方とも私が引き受けようと思う。
どれほどの夜明けを、彼の隣で迎えようとも。
私は、決して熱くはならない。
そう己に言い聞かせるためにも。
触れる寸前で、伸ばした手を止める。
そのような夜を何度迎えようとも、私は。
成歩堂龍一という人間の幸福を、何よりも最優先にしてみせる。
それが、それこそが私の、最大級のエゴだとわかっていても。