血と愛
□17:日の当たる場所
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*17:日の当たる場所*
闇の中で、意識が覚醒していく。
「御剣のバカ」
この耳が捉えたのは、そんな、私への憎まれ口だった。
しかし、その懐かしい声音はどこか弱々しく、頼りない。
「あんなに僕を苦しめておいて、自分はあっさりポックリ逝きそうになるとか、ホントいい加減にしろよ」
それは大いに心当たりがありすぎる指摘で、とても申し訳ないと身の竦む思いがした。
だが、脳内は目覚めている状態だというのに、体がいっこうに言うことを聞かず、声を出すどころか瞼を押し上げることさえできない。
「確かに僕も悪かったよ。いくらなんでもあの態度は無かったなって、反省するところもそりゃ多々あるけどさ」
いいや、成歩堂、君は何も悪くない。
ただ全てを忘れてしまった君に対し、私が勝手に腹を立てていただけだ。
事前にきちんと言われていたというのに、それでも覚悟というものが全く足りていなかった、ただそれだけの話なのだ。
「それにしたってあの仕打ちはないだろ。どうぞ嫌って下さいって言ってるようなものじゃないか」
まったくもってその通り、ぐうの音も出ない。
「なのに嫌われてるってわかってて、『愛してる』とかさぁ。何もかもが遅いよ、遅すぎるんだよ、おまけに僕を庇って命投げ出すとか、どんだけだ」
まったくもって、……うム。
「僕がどれだけ哀しくて辛くて苦しかったか、わかってない。まっったくわかってないから、一人で勝手に暴走して、一人で勝手に死のうとするんだ。ホント冗談じゃないよ」
まったく…………いや、ほんの少しは君にも悪いところがあると思うのだが……。
あまりにも酷い言い分に、思わず異議を申し立てたくなるが、相変わらずこの唇も何も、動くことはない。
もどかしく思う間も、次々と言葉が降ってくる。
その辛辣な言葉とは裏腹に、声音は次第にか細く震えていくのだ。
「大事なこと、僕にはなんにも言わないで、全部一人で抱えて……バカ」
最後の一言とともに、ぽつりと何かがこの頬に降りかかる。
雨のような感触の、けれどその温かい雫。眉ひとつ動かせない体であっても、その正体がなんであるかは想像がついた。
叶うものならば瞳を開けて、手を伸ばし、抱き締めて慰めたいと思うが、どうにも壊れた人形のようにピクリとも反応できない。
そのような不甲斐ない己に苛立ちを感じるが、舌打ちすらもできないのだ。
気ばかりが焦る。
「ごめん……ごめんな、御剣」
詰る言葉から一転、謝罪してきたので驚いた。
その言葉とともに、ぎゅぅとこの手が握られる感触がして、困惑する。
握り返したいところだが、それもまた無理だった。
その間にも、彼はポツリポツリと、語るのだ。
「思い出したんだ、全部。僕の願い、ちゃんと叶えてくれたんだな。真宵ちゃんと狩魔冥から聞いたよ、僕が、死んだ後のこと」
この間、真宵ちゃんたちと『僕の墓』がある半吸血鬼たちの村にも行ったんだ、などと。
淡々と言うので、私はひどい衝撃を受けて混乱に陥り、この上もなく狼狽する。
もちろん、体は動かなかったが、もしも動くことができたならば、飛び起きていたに違いない。
「寂しい想いさせて、ごめん。辛い想いさせて、ごめん。……だけど、御剣。君に、また逢いたかった」
君の眷属になれて、嬉しい。
ありがとう、と。
彼は、言った。
あり得ないことだと、ずっと諦めてきただけに、この展開が信じられず呆然としてしまう。
ひどく都合の良い夢を見ているのではないかと、そのような疑心に駆られるけれど、触れるぬくもりは決して消えなかった。
「なのに……なのにさぁ。肝心のお前が目を覚まさないなんて、ひどくない?」
いや、目覚めてはいるのだ、いるのだが……意識だけでは確かにひどい話だな。
このまま、この、体がどうにもままならない状況のまま、過ごさなければならないのかと思うとゾッとした。
成歩堂の涙を、拭うことすらできないなどと。
「罰が当たるってそりゃ覚悟はしてたけど、なにも、御剣が全部受ける必要ないじゃないか」
罰か、確かにそうなのかもしれない。
だが、それは成歩堂の罪に対するものではなく、私の罪深さゆえだろう。
これまで、彼をどこまでも苦しませてきたことは、自覚しているのだ。
心底、申し訳ないと思う。
と同時に、突如浮上した意識が再び、沈んでいく感覚に遣る瀬無さを覚えた。
何も、一言も発することができないまま、またも私の意識は眠るのだ。
再び浮上できるのか、本当に目覚めることなどできるのか、全くわからない。
君に、逢いたかった。
だが、ひどく。
疲れ果てていた……それもまた、事実だった。