血と愛

□16:見果てぬ夢
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*16:見果てぬ夢*


 成歩堂を看取った後、残された遺物の少なさに、改めて彼の無欲さを知った。

 そんな彼が、けれど青い魔道士のローブだけは、大事にしていた。
 一人前として認めてもらえた時に、自分で生地を選びあつらえた一張羅なのだと、どこか誇らしげに笑っていたのを、覚えている。
 それを、成歩堂の遺体に、花とともに添えることも選択肢のひとつとしてあったが、できなかった。

 彼の、好きな色。
 彼の、想いの欠片。

 手放してしまいたく、なかったのだ。
 私は成歩堂とは違い、どこまでも執着心が強いらしい。


 彼の墓標はその最期を過ごした村から、少し離れた山の中にひっそりと設けた。
 これは成歩堂自身が望んだことで、その隣に小屋を建てたのもまた、彼の遺志に従ったものだ。
 そこに、私以外に半吸血鬼として捨てられ、狙われ続けてきた者たちを住まわせたのも、全て。

 墓守のような役割をしてもらうかわりに、私が彼らを守り、戦い方を教え、狭間たちとの交流を持たせた。
 ある者は狭間の護衛として働くようになり、ある者は成歩堂の墓の側でひっそりと暮らし続ける。

 そうして私は、ある程度の基盤が整うと、広く世界を巡り歩いた。
 だが、例え何があろうとも、年に一度の命日にだけは、青い彼のローブを纏って墓前へと向かう。
 これだけは、自分自身で決めたルールだ。

 彼の居ない世界は、どこまでも閑散として肌寒く、色の無い荒涼としたものだった。
 途方もない孤独感に苛まれ、永く苦しい明けない夜に、己を支配する運命への怒りと恨みを抱く。
 けれど、それでも私は生き続けることを、選ぶしかなかった。
 彼の最期の言葉を忘れて、命を投げ出すことなど、できるわけがない。


 成歩堂にもう一度、逢いたい。


 彼は「必ず、生まれ変わるから」と、言った。
 約束を破ったことのない、誠実な男の言葉だ。
 まるでそれは、永遠の呪縛のようにこの心の奥底まで根を張り、生きることへの異常なまでの執着を駆り立てさせた。


 空虚な日々ではあったが、それでも狭間たち、半吸血鬼たちを見守り、真宵君など魔女たちとの交流を続けることは、多少の慰めにはなった。
 絶対数の少ない吸血鬼界における、更に最下層の存在である半吸血鬼たちも、年を重ねれば次第に増えた。
 私はいつからか、始祖の血を引く半吸血鬼、彼らを導く存在という意味での『領主』という肩書を得ることになる。

 もしやこのようなことまで考えて、成歩堂は私に「半吸血鬼たちを、導いて」などと言ったのだろうか。
 とんだ慧眼だなと、感嘆を通り越していっそ呆れる。
 全てが彼の思い通りに進んでいるようで、どこか面白くない。
 そのような想いを味わうのもまた、寂しさがいっそう募った。


 生まれ変わった彼を、探して、探し続けてきた。
 いつになるかわからないと、他でもない成歩堂本人がそう言っていたのだから、とうに生まれ変わっているのか、それとも百年や二百年も先の話なのか。
 全く予測もつかないからこそ、ただ広い世界に彼の痕跡を探して、宛てもなく歩いた。


 私との記憶を全て失った男など、もはや別人ではないか。
 そのような人間に用はないと、そう思う冷徹な己がいる一方で。
 それでもひと目、生きている成歩堂を、見たいと思う。

 既に日の光の中を歩けなくなって久しく、私には決して辿り着けない場所に居る、平穏な生活を送る彼を。
 あの柔らかな笑みを浮かべ、友人に恵まれた幸せな男の姿を、この目に映すことができたなら。
 それだけで、充分ではないか、と。

 これまで、彼の最期の願いをすべて、叶えられるものは徹底してやってきた。
 けれど、成歩堂の意志を無視してまで私の眷属にする、などという願いだけは、聞き届ける気はない。

 確かに、あの言葉は心からのものだっただろう、だが、それはあくまでも『前世の彼』の願いだ。
 その記憶も願いも、全てを忘れ去ってしまった彼が、理由も告げられずに眷属になどさせられたなら。
 どれほどの衝撃を受けることになるのか、私は、半吸血鬼の私だからこそ、よくわかる。

 子供の頃は、自分が人間だと信じて疑わず、穏やかで幸福な日々が続いていくのだと、根拠もなく思い込んでいた。
 それが、容赦なく一瞬で崩れ去り、絶望の海に叩き落されたあの時の痛みを、身をもって知っているのが、私なのだ。
 同じ道を、どうして成歩堂に求めることができるだろう。

 例え、胸が抉られるほどに痛もうとも、永遠に終わることのない孤独感に苛まれようとも。
 私は彼を、眷属にする気など、なかった。
 なかったのだ……。


 だが、それも今となっては、ただの詭弁でしかない。
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