血と愛
□16:見果てぬ夢
1ページ/4ページ
*16:見果てぬ夢*
成歩堂を看取った後、残された遺物の少なさに、改めて彼の無欲さを知った。
そんな彼が、けれど青い魔道士のローブだけは、大事にしていた。
一人前として認めてもらえた時に、自分で生地を選びあつらえた一張羅なのだと、どこか誇らしげに笑っていたのを、覚えている。
それを、成歩堂の遺体に、花とともに添えることも選択肢のひとつとしてあったが、できなかった。
彼の、好きな色。
彼の、想いの欠片。
手放してしまいたく、なかったのだ。
私は成歩堂とは違い、どこまでも執着心が強いらしい。
彼の墓標はその最期を過ごした村から、少し離れた山の中にひっそりと設けた。
これは成歩堂自身が望んだことで、その隣に小屋を建てたのもまた、彼の遺志に従ったものだ。
そこに、私以外に半吸血鬼として捨てられ、狙われ続けてきた者たちを住まわせたのも、全て。
墓守のような役割をしてもらうかわりに、私が彼らを守り、戦い方を教え、狭間たちとの交流を持たせた。
ある者は狭間の護衛として働くようになり、ある者は成歩堂の墓の側でひっそりと暮らし続ける。
そうして私は、ある程度の基盤が整うと、広く世界を巡り歩いた。
だが、例え何があろうとも、年に一度の命日にだけは、青い彼のローブを纏って墓前へと向かう。
これだけは、自分自身で決めたルールだ。
彼の居ない世界は、どこまでも閑散として肌寒く、色の無い荒涼としたものだった。
途方もない孤独感に苛まれ、永く苦しい明けない夜に、己を支配する運命への怒りと恨みを抱く。
けれど、それでも私は生き続けることを、選ぶしかなかった。
彼の最期の言葉を忘れて、命を投げ出すことなど、できるわけがない。
成歩堂にもう一度、逢いたい。
彼は「必ず、生まれ変わるから」と、言った。
約束を破ったことのない、誠実な男の言葉だ。
まるでそれは、永遠の呪縛のようにこの心の奥底まで根を張り、生きることへの異常なまでの執着を駆り立てさせた。
空虚な日々ではあったが、それでも狭間たち、半吸血鬼たちを見守り、真宵君など魔女たちとの交流を続けることは、多少の慰めにはなった。
絶対数の少ない吸血鬼界における、更に最下層の存在である半吸血鬼たちも、年を重ねれば次第に増えた。
私はいつからか、始祖の血を引く半吸血鬼、彼らを導く存在という意味での『領主』という肩書を得ることになる。
もしやこのようなことまで考えて、成歩堂は私に「半吸血鬼たちを、導いて」などと言ったのだろうか。
とんだ慧眼だなと、感嘆を通り越していっそ呆れる。
全てが彼の思い通りに進んでいるようで、どこか面白くない。
そのような想いを味わうのもまた、寂しさがいっそう募った。
生まれ変わった彼を、探して、探し続けてきた。
いつになるかわからないと、他でもない成歩堂本人がそう言っていたのだから、とうに生まれ変わっているのか、それとも百年や二百年も先の話なのか。
全く予測もつかないからこそ、ただ広い世界に彼の痕跡を探して、宛てもなく歩いた。
私との記憶を全て失った男など、もはや別人ではないか。
そのような人間に用はないと、そう思う冷徹な己がいる一方で。
それでもひと目、生きている成歩堂を、見たいと思う。
既に日の光の中を歩けなくなって久しく、私には決して辿り着けない場所に居る、平穏な生活を送る彼を。
あの柔らかな笑みを浮かべ、友人に恵まれた幸せな男の姿を、この目に映すことができたなら。
それだけで、充分ではないか、と。
これまで、彼の最期の願いをすべて、叶えられるものは徹底してやってきた。
けれど、成歩堂の意志を無視してまで私の眷属にする、などという願いだけは、聞き届ける気はない。
確かに、あの言葉は心からのものだっただろう、だが、それはあくまでも『前世の彼』の願いだ。
その記憶も願いも、全てを忘れ去ってしまった彼が、理由も告げられずに眷属になどさせられたなら。
どれほどの衝撃を受けることになるのか、私は、半吸血鬼の私だからこそ、よくわかる。
子供の頃は、自分が人間だと信じて疑わず、穏やかで幸福な日々が続いていくのだと、根拠もなく思い込んでいた。
それが、容赦なく一瞬で崩れ去り、絶望の海に叩き落されたあの時の痛みを、身をもって知っているのが、私なのだ。
同じ道を、どうして成歩堂に求めることができるだろう。
例え、胸が抉られるほどに痛もうとも、永遠に終わることのない孤独感に苛まれようとも。
私は彼を、眷属にする気など、なかった。
なかったのだ……。
だが、それも今となっては、ただの詭弁でしかない。