血と愛

□15:罪と願い
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*15:罪と願い*


 それは夢のように儚く、けれど幻にするには鮮やかすぎた、幸福な日々だった。

 ひとつの町や村に留まれるのは、長くても三年が限度。
 私への追手は相変わらず現れ、成歩堂はともかくも、周囲の無関係な人間たちを巻き込むわけにはいかなかったからだ。
 それに、事情を知っても動じない矢張などは良いとして、私は夜にしか出歩けず、しかも老いることがない。
 不審を抱かれずに同じ場所に留まることなど、できなかった。

 成歩堂とは、最初の頃こそ場所を追われるたびに、所謂『別れ話』で喧嘩をしたものだ。
 彼の幸せを第一義とするならば、私たちは別れるべきだと、そう主張するのはいつもこちらだった。

 対する成歩堂は、そのような私の意見に真っ向から異議を唱える。
 私とて、それがお前の望みかと聞かれれば、容易に頷けるものではない。
 彼への愛に偽りなど、あるわけもないのだ。

 だが、だからこそ、人間として生きる彼との違いに、絶望する。
 そのような私の葛藤を、成歩堂は充分すぎるほど知っていたはずだ。
 だというのに、彼は。


「僕は約束を違える気はないよ。君の傍にずっと居る。御剣は、僕が傍に居るのは嫌なの?」

 などと、ひどく残酷な問いかけを寄越すのだ。
 どうして、首肯することができようか。


 結局は、私が言い負かされて終わり、ただの痴話喧嘩として笑い話のネタにされるだけ。
 それが悔しくもあり、どこか切なく、穏やかなやり取りに思え。
 決まってそのような喧嘩の最後には、彼が根をあげるまで、いや、根をあげても構わずに、抱いたものだった。

 成歩堂はれっきとした男であり、同じ男から抱かれる、などという行為を許容できるはずもない、そう思っていたのだが。
 どうやら元来、勇敢で誠実かつどこまでも大胆な彼は。

「痛い思いすんの絶対ヤだ! けどお前を抱けるかっていうと、それも無理! 残る選択肢はもうこれひとつしかないだろっ、痛くしないように優しく抱け!!」

 という……なんともアレな据え膳口上を述べてくれたのだが。
 大胆すぎてむしろ色気の欠片もなく、かつ無理難題な要求に、あの時は激しく脱力したものだった。

 彼曰く、吸血行為はそのようなアレとよく似ていて、変な気分になる、のだとか。
 そもそも、私を同性でありながら意識したきっかけ、そのものがまさにその行為だったらしい。


「だってさ、ものすっごい、気持ち良かったんだよ……て、ちょっとそこ落ち込むなって、あくまでもキッカケに過ぎないんだから!」

 これが落ち込まずにいられるか。
 顔が好みだった、もしくは強くて優しいから、などといった理由ならばともかく、血を吸われたら気持ち良かったから、などと……。

 それなら君は、相手が私以外の吸血鬼であっても良かったと、そういうことかね?!
 と、胸ぐら掴んで盛大に詰り倒したくなった。

 無論、鋼の理性を総動員して、そのような愚行には及ばなかったが。
 だが、そこはさすがに成歩堂だ、私の言いたいことなど、全てを見通していた。
 その上で、はあぁと大きな溜息をひとつ吐き、それから。


「あのねぇ、まずお前以外のヤツに、僕が自分から血を吸わせると思う? 相手がお前だったから許したに決まってんじゃん!」

 唇を尖らせて、怒ったようにそう言うのだ。
 まったく、なんという殺し文句だろうか。
 感動のあまりに抱き締め、その勢いのままに押し倒せば。

「調子乗んな!」

 照れ隠しに拳が飛んできたが、構わず強引に口づけた。
 そうすれば、腕の中の体は次第に大人しくなり、その両腕がこの背に回る。


 ああ、幸せだ。
 ただ純粋に、この上もなく、そう思った。


 寝台の上で二人きり、抱き締め合い、見つめ合う。
 それだけで、世界は輝きに満ち、言い知れぬ歓喜に胸が震えた。


「愛している」


 胸の奥底から湧き上がる、叫びにも祈りにも似たソレを、口にすればそのような言葉になった。
 至近距離にある彼の顔が、途端に朱く染まっていくのを、何とも言えぬ恍惚と感動を覚えながら見つめていた。


「……知ってる」

 恥ずかしがり屋の典型のような、彼らしい素っ気ない返事だったが。
 それでも、この背に回された腕に、強く力が込められたことに。


 私は、成歩堂からの『無言の愛』を。
 感じることができて、ただ、嬉しかった。
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