血と愛

□14:銀の追想
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*14:銀の追想*


 どこにも、私の居場所などないと、思っていた。
 もう二度と、日の光を間近に感じることも、ないのだと。
 けれど。

 成歩堂と再会して以来、そのような憂いは呆気なく吹き飛ばされた。


「いよぉ! 久しぶりだな、御剣よー。まっさかお前、しばらく見ない間に吸血鬼になってたなんてなー、どこのドッキリだよ! ウケるぜ!」

 そう言いながら、肩をバシバシと叩いてくる馴れ馴れしい男は、もう一人の『かつての友人』、矢張だった。
 成歩堂の家に許可なく勝手気ままに上がり込み、そこで私と居合わせた彼は。
 自分の行動を棚に上げて『何だよお前、勝手に人んちに入りやがって! 強盗か?!』などと騒いだが。
 成歩堂が窘めながら「御剣だよ、僕らの幼馴染だろっ、思い出せよ!」と言えば、数瞬の後には手のひらを返したように肩を叩かれた。

「貴様はしばらく見ない間も、相変わらずのようだな」

 事件の影にはやっぱり矢張などと言われるほど、いつも何か厄介事を持ち込むこの男。
 その破天荒ぶりに、幼き日の成歩堂も私も、大層振り回されていたのだったと、思い出した。

 成歩堂も大概だが、その十五年来の友人である矢張も、私が吸血鬼であることに対して、何ら物怖じすることはなく。
 あくまでも、『久しぶりに会えた旧友』として触れてくる。
 そのことが、どれほどこの胸に衝撃を与えているのか、知りもせず。


 成歩堂と再会してからというもの、日々はめくるめく煌めきを放ちながら巡り、穏やかな時を刻んだ。
 矢張は会うたびに違う女性の名前を連呼し、一筋縄ではいかない厄介な事件に巻き込まれ。
 助け出すのに苦労しつつも、私と成歩堂の二人で協力し合えば、大抵のことは解決できた。
 時折、私を狙う輩が近づいてくることもあったが、成歩堂は人間離れした強さを遺憾なく発揮して、いっそ清々しいほどの撃退ぶりだった。

 彼は根無し草のような生活だと、自分を卑下するところがあったが、私から見ればしっかりと地に足をつけて生きる、立派な人間だ。
 基本的には淡白な性格だという彼は、確かに何につけても執着心を見せず。
 無欲と言えば聞こえはいいが、二言目には「いいんじゃないかな(どうでも)」で済まそうとするし、ハッタリと屁理屈が通用する限りはそれで押し通そうとする。

 だが、ひとたび信頼関係を結んだ相手に対しては、どこまでも誠実であろうとするのだ。
 そのような彼の周りには、自然と人の輪ができる。
 彼女、綾里真宵君との出会いも、成歩堂を介してのものだった。


 彼が実の妹のように可愛がる、彼女はとても天真爛漫な少女であり、正真正銘の魔女だ。
 成歩堂の師匠である綾里千尋女史……彼女とは、昔一度だけ会ったことがあると告げれば、実妹である真宵君だけでなく、成歩堂までもキラキラと目を輝かせて、「いつ、どこで、どうやって?」などと聞かれたのだった。

「なるほど君、事情があってお姉ちゃんとは会えないから」

 にこりと笑った真宵君は、定期的に成歩堂の様子を見に来るのだと言う。
 それから、私をじっと見つめるなり、ますますその笑みを深め。

「御剣さんに会えて、良かったねぇなるほど君! しかも一緒に暮らしているんでしょ? これでもう寂しくないね。ずっと会いたいって言ってたもんね!」
「ちょっ、ちょっと真宵ちゃん…!」

 あまりにも予想外な言葉に驚き、閉口する私の隣で、成歩堂が珍しく非難めいた声を発した。
 見れば、その顔は茹で上がったタコのように真っ赤に染まり、ひどく狼狽している。

 目が合うなり、口をぱくぱくと開閉させるが音は出ず、かと思うと気まずげに視線を逸らされた。
 じわりと、何かが胸の奥に広がり疼く、初めての感覚に私こそが狼狽する。
 どこかくすぐったく、居たたまれない心地の悪さに、成歩堂と同じく顔を俯ければ。
 そのような私たちの様子を、笑いながら見守る真宵君という、なんとも妙な構図が出来上がったけれど。


「……真宵君、それは違う。成歩堂は、私が寂しくないように、一緒にいてくれているのだよ」

 心から、それが真実だと思った。
 だから、先の彼女の言葉には否定をさせてもらったのだが。

 何故だか彼女は機嫌を損ねるどころか、飛び上がらんばかりに喜び、成歩堂に「聞いた? なるほど君いまの! 良かったねぇなるほど君!」と呼びかける。
 呼びかけられた彼は、どうしてなのか、まるで初めて鏡に映った自分を見る猫のように、その瞳を丸々と見開いてこちらを見つめ。
 それから、ひどくゆっくりと、その瞳が潤んでいくのだ。

 どうしたのかと声をかけるよりも一瞬だけ早く、首を振った彼はキッと私を睨みつけ。


「天然とかタチ悪すぎ…!」


 言い捨てて、脱兎のごとく「トイレ掃除の続きがあるから」などと、狭い個室に逃げ込んでいくのである。
 その日は、真宵君がコロコロと笑う声が、どこまでも楽しげに響いていた。
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